まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

異次元トラベラー

義父が入所している老人ホームへ行ってきた。
ケアマネさんに面会を今までどおりわたしが行うことになったと伝えるためだ。

先日の精神科への通院のあと、
案の定義父の荒れ方はすごかったそうだ。
自分の息子だと思い込んだ若い男性職員さんに向かって、
ポケットに手を突っ込んで威張った姿勢を取り、
「家へ連れて帰れ!今すぐ連れて帰れ!」と、
尊大な口調で命令しまくっていたと言う。

「じゃあ、今日は面会せずに帰ります。
通院からまだ数日しか経ってませんし」とケアマネさんに言ったら、
「おヨメさんは大丈夫、お義父さまは全然荒れたりしませんから。
かえっていい刺激になると思うのでぜひ会ってってください」。
そんなわけで、義父に面会して帰ることにした。

おやつの時間が迫っていてほかの入所者は食堂に集まっていたけれど、
義父は灯りも点けない部屋でベッドに横になっていた。
「この頃、こうやって寝てることが多いんです」とケアマネさん。
「コウセイさん、お客さん来ましたよ、起きてください」
そう声を掛けられてのろのろと義父は起き上がった。
わたしの顔を見た義父・・・と、パッと灯りが点ったように表情が変わったので、
わたしが誰なのか今日は認識出来たのだと分かった。

「お義父さん、今日はお疲れだったんですか?」
「ああ、今日は、ほれ、初売りの日だったから。
あそこに、初詣のとき買ってきたものがあるだろう?」
義父があごをしゃくった方を見ると、
先日ホームの夏祭りの際めいめいが選んでかぶったという「ジバニャン」の面があった。
「ああ、あれ、初詣の時に買ったんですね。
今日の初売り、お客さんがたくさんいらしたからお疲れになったんですか?」
「そうなんだ、それに、今日はじいちゃんが『俺、なんだかくたびれたから』って、
事務所に引っ込んでしまってて、俺がお客さんの相手をひとりでしたもんだから」
「そうだったんですね、それは大変でしたね」
「いやいや、大変なんて生易しいもんではなかった」
「でも、初売りにたくさんお客さんがいらしたなら、工務店も大繁盛でいいんじゃないですか?」
「それはそうだなあ。じいちゃんも喜んでたからなあ」
そして、義父は部屋の入口から見える食堂の方をあごでしゃくって、
「あそこはなあ、何かの店なんだ。
朝結構早くからやってるんだ、あの店は」と言った。

職員さんが「おヨメさんが持ってきてくれましたよ」と、
エスプレッソ味のプッチンプリンを器に入れて持ってきてくれた。
(コーヒー好きの義父にと差し入れとして買っていったのだ)
「お義父さん、どうぞ召し上がってください」と勧めたけれど、
なぜだか義父は食べようとしなかっただけでなく、
視線が床の上をウロウロし始め、額にシワが寄って不穏の表情に変わり始めた。
(これは、そろそろ帰った方が良さそうだな)と思ったので、
「プリン、夕飯の時に出してもらえるように職員さんに頼んでおきますね。」と、
急いで退室した。

義父の話に出てきた「じいちゃん」は、もう何年も前に亡くなった先代のことだ。
義父は、場所も時間も飛び越えて生きられるようになったのだなあ、
これって「四次元」を生きてるってことだなあ、と帰り道ぼんやり考えた。
だからこそ、「三次元」を生きてるわたしたちには理解しづらいんだろうな、と思うと同時に、
「四次元は実は身近なとこにあって、異次元トラベラーは実は身近にいたんだな」
という事実にちょっと驚いたわたしなのだった。