まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

大荒れの通院日、または「あ~あ、やってらんない!」

(「認知症」書庫内、「『俺を人殺しにしたくなかったら黙っててくれ』と夫は言うのだ」の記事、
「家族」書庫内、「義母というひと」の記事をまずお読みください。)

あ~あ、やってらんない。
義母に関わった者はみな、そういう気持ちに襲われる。

2ヶ月に1度の通院日、電車で病院へ行くことになった義母が夫に
「どうせ早く着いちゃうんだから、診察券を出しておいてやる」と言ってきた。
そこで「じゃあ、お願いします」と頼んだのがバカだった。
待ち時間の間に、義母は顔見知りの看護婦さんに
「じいちゃんに会いに行ってダメだって言われて1月からずっと会ってない、
わたしが会うとじいちゃんが暴れたりして施設に迷惑だからって言われてる」だの、
「今日も診察が始まったらじいちゃんに気付かれないようにそっと様子見るだけにしろって、
息子にそう言われて来た」だのと言いつけた。
そして、看護婦さんから
「そんなことする必要ないから。
施設にだって会いに行けばいいし、今日の診察だって堂々と一緒に入って隣で聞いたらいい」
とお墨付きをもらってしまってたのだ。

診察室に一緒に入った義母は、義父の隣りの椅子に座ると、
「どうも、お久しぶりです」と言いながら義父の顔をのぞき込んだ。
しかし・・・。
義父は義母が誰なのか分からない様子で、何の反応もなかったのだ。
主治医が質問したりする間、義母は必死で義父の顔をのぞき込んで
自分が誰なのかを思い出させようとしている様子だった。
「先生、わたしが会いに行くと迷惑だって施設の人から言われて、
ずっと面会禁止されてるんですよ、わたし。」
とうとう、義母が主治医にそう言った。
付き添いしてくれていたケアマネさん(介護職も実質行っている方)が、
「私達が迷惑だからではなくって、奥さんが来られるとコウセイさんが興奮して、
自傷行為などがひどくなるから、コウセイさんのことを考えての措置なんです」と言った。
「会ってダメだと言われてずっと会わずにいたんだけれど、
盆に来た客からじいちゃんのことを聞かれても何にもわからなかったから・・。
今日は意を決して診察の様子を見せてもらおうと来ました」と義母が言うと、
主治医が「家族の面会を一切制限するのは良くないですね。
まあ、月に2回くらいは面会してもらって、その時不穏がひどくなるなら、
予防的にリスペリドンを飲ませておくとかの対策を取ればいいんじゃないですか?」と言った。
それで、わたしは黙っていられなくなって、
「月に2度くらいずつ、実はわたしが面会に行ってました。
でも、わたしが誰なのか父は5回に1回くらいしか分からなくって・・・。
わたしは『父の弟のお嫁さん』とか、『市の福祉職員』とか、
父に話を合わせてましたけど。
とにかく月に2度くらい面会に行って、そのときの様子は母に伝えていたんですけれど、
それではダメなんですね?
面会するのは母じゃなくてはダメなんですね?」
すると、主治医は「いえ、わたしは『家族』と言いましたよ。
お母さんである必要はありません」と言い、義母に向き直って、
「奥さん、ご主人はねえ、奥さんにだけ特別強く反応するんですよ。
ここ(精神病院のこと)に入ってた時からそうだったでしょ?
どうしても奥さん自身で行きたければ、前もって必ず施設に連絡すること。
その上で、お嫁さんに一緒に行ってもらうとかしたらどうですか?」と言った。
(精神病院に入院していた時にも、義母が面会すると義父が激しく反応するため、
病院側から面会を制限されていたのだ)

診察が終わって退室しようとすると、義母が
「わたし、先生に聞きたいことありますから」と言って残った。
多分、「てんかんじゃないか?」とか主治医に聞いたんだろう。
主治医からすれば「あんたの診断は間違ってるんじゃないのか」と言われたも同然なんだから、
きっといい気はしなかっただろう。

待合室に戻って来た義母は、もう遠慮しなかった。
義父の隣の席に堂々と座り、自分を思い出させようとひっきりなしに話しかけた。
わたしとケアマネさんとは少し離れたところで二人の様子を見ていた。
そのうち、義父が義母のことを認識したようだった。
「家に帰る」聞き取りづらい声でそう言って父が立ち上がった。
「まだダメだ、まだ会計もしてないし、薬ももらってないから」

「奥さんは、ああいう認識だったんですね。
病院側にまで、わたしたちが悪者みたいに思われてしまったみたいで」
ケアマネさんがそう言った。
いつもコロコロと笑って明るいケアマネのMさんの声は無念さに溢れていて、
隣りで聞いていてわたしは申し訳ない気持ちでいたたまれなくなるほどだった。
「本当に申し訳なく思っております。
わたしも夫も、いい施設で面倒を見て頂けてありがたいねと、
皆さんに対しては感謝の気持ちしかないのです。
でも、母があんな言い方をして・・・本当にごめんなさい」
「おヨメさんも息子さんも、本当に一生懸命お父さまのことを考えてくださってて・・・。
私たちなら、大丈夫ですから。
ただ、ああいう風に奥さんは思っていらしたということが残念なんです」
その時、義母が近づいて来た。
「施設の昼ごはん、キャンセルしてもらいます。
これから、カツ丼食べに連れて行きますから」
びっくり仰天してMさんと一瞬顔を見合わせた。
「奥さん、今日はコウセイさん、通院でとても疲れてしまったはずなんです。
診察が終わったら帰ってゆっくり休まないと。
今日は外に連れて行ってご飯、なんてとてもムリです」
「だって、外でご飯食べたいかって聞いたら、カツ丼食べたいって言うから。」
「奥さんがそう聞いたからコウセイさんが答えたんですよね?
申し訳ないですが、勝手なことなさらないでください」
「あら、そうなの。
じゃ、仕方がないわね」
義母は義父のところへ戻ると、
「カツ丼食べに行っちゃダメですって!」と大声で言った。
「本当に申し訳ないです。
自分があんまり元気な老人なものですから、
通院だけで疲労困憊になってしまう人がいることすら、
想像することも出来ないみたいなんです」
「こんなことを言ってはなんですけど、お義母さんって自分勝手な方なんですね。
おヨメさんも息子さんも、大変ですね」
ため息をつく私たちの気持ちを知ってか知らずか、
義母は義父を待合室の外の玄関ホールへ連れ出して何事か一生懸命話しかけていた。
ズボンを上げてやったり、シャツの裾を直したりして、
傍目にもちょっと異様なくらいベタベタと世話を焼き続ける義母。
「お盆にうちの息子が来客のお茶出し要員に駆り出されたのですが、
帰宅して『おばあちゃんにお母さん、相当悪者にされてるよ』って言ってたんですよ。
自分はじいちゃんのことを全部分かってた、
病院に行かせなかったりしたのは全部ヨメと息子のせいだとか言ってたらしくて。
義母のことを見ていると、どうも、
『みんなが寄ってたかって大事なあの人をわたしから奪おうとする』
と思ってるんじゃないかという気がして来るんですよね」
「ああ、それ、分かります。」
そして、わたしたちは一人でラブラブオーラを振りまく義母の様子をガラス越しに見つつ、
またため息をついたのだった。

院内処方で薬が出されると、義父は自分で持つと言い張った。
その様子を見て「あっ、家に帰るつもりなんだな」と思った。
病院は駅前にあるから、義母はすぐ電車で帰るのだとばかり思っていたのだが、
当たり前のような顔をして、施設に義父を送る自家用車に乗り込んで来た。
義父は発語が一層不明瞭になり、声もとても小さくなったため、
運転しているわたしには聞き取ることがほぼ出来なくなった。
施設に車が着くと、Mさんが
「今日はここでお別れということにさせてください。」と言った。
わたしは「お義父さん、では、今日はこれで」と車のそばで手を振ったが、
義母は義父の後を付いて行った。
「奥さん、今日はここまでにしてください」
Mさんが義父と手をつないだままそう言った。
「俺は・・・どこに行くんだ?
家に・・・帰る・・・帰るんだよなあ・・・。」
Mさんに手をしっかりつかまれたまま、
体をねじって義父は義母の方を向こうとジタバタしながらそう言った。
そのシワシワの顔いっぱいに、置き去りにされる子供みたいな不安の色を浮かべながら。
「また来るから・・・待っててね・・・待っててね・・・」
義母は手を振りながらずっと付いて行きたそうにしたが、
とうとう諦めて戻ってきた。

「駅まで送って頂戴。」
車を走らせながら、わたしはものすごく腹が立って仕方がなかった。
「じいちゃんは声は聞き取りづらくなったけど、
話す内容は全然おかしくない、ちゃんとしてた」
「いいですか、お義母さん。
お義父さんは、お義母さんにだけは情けない自分を見せたくないという気持ちが、
ものすごく強いみたいなんです。
今日お義母さんと過ごしたほんの1時間足らずのために、
1ヶ月分くらいの元気と頑張りを全て使ったと思います。
今日のお義父さんを見て、いつものお義父さんの様子が分かったと思ってはいけません。
いつものお義父さんは、お風呂に連れて行くだけでも、
なだめたりすかしたりしなければならないくらいなんですよ。
わたしのことだって誰だか分からないだけではなくて、
話す内容も支離滅裂、内容を理解しようとしたら困るしかないくらいなんです。
入院していた時から、お義母さんはお義父さんの一番いい奇跡の瞬間しか見ずに済んでます。
本当に、お義父さんは、お義母さんにだけは、
カッコイイ自分しか見せたくない、弱って情けない自分を見られたくないと、
全身全霊でそう思ってるんでしょうね」
「普通は逆でしょ?
自分のかあちゃん(田舎の人なのでおヨメさんのことをこう言う)にだけは、
素の自分をさらけ出せるはずなんでないの?」
「さあ、一体どうしてなのかはわたしには分かりません。
でも、お義父さんに関しては、わたしの考えは外れていないと思います」

義母を駅で降ろすと、ガックリと疲労感に襲われた。
工務店のお客さんだのに、
義母は一体どんなデタラメを言うのだろう。
「じいちゃんと無理やり引き離された」とでも言うのだろうか。

あ~あ、やってらんない。
自分の好きなように勝手にすりゃあいいじゃん!
そんな風に言えたらどんなにいいだろう。
でも・・・言えないんだよね。

あ~あ、ホントにやってらんない!