まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

「星をまく人」を読んだ

買ってすぐ娘に貸したきりだったこの本。
家事の前にほんのちょっとだけ読むつもりだった。
でも、読み始めたら止められなくなった。
読みながら初めはぽろぽろと、やがて嗚咽が止まらなくなるほど泣いた。
 
アメリカのヴァーモント州に住む11歳のエンジェルを取り巻く環境は、
ある意味「プア・ホワイト」のステレオタイプである。
住んでいる場所はスラム街、辺りは麻薬患者の巣窟。
父親(ウェイン)はコンビニを襲った罪で刑務所暮らし。
母親(ヴァーナ)は高校中退で、自身親の顔も知らず里親の家をたらい回しされて育ったせいで、
全く母親としての役割を果たすことが出来ない。
7歳のバーニーは喘息持ちでわがまま放題。
エンジェルはたった11歳で、弟の面倒を見、母親のように振る舞わなくてはならない。
 
刑務所への面会も惰性で続けていたヴァーナだったが、
実はもう別の男を見つけていた。
「ガキなんか連れて来るな」という男の許へ自分が逃げるために、
田舎の農場に住む、ウェインの祖母の許へ子供たちだけを置き去りにする。
年老いて、生きる気力も意欲も失ったような老女、
しかも誰のことも「カボチャ頭」と呼ぶ辛辣な皮肉屋の曾祖母の家には、
お金も食べ物もなかった・・・。
 
こんな苛酷な状況で、どうやってエンジェルは生きて行くのか?
どうやったら幸せになれるというのか?
どう考えたって、早晩麻薬患者になって売春をしながら日銭を稼ぐような未来しか見えないじゃないか。
 
でも、そうはならない。
エンジェルは「父親に愛されていた」という気持ちを強く持っている。
その証拠に、父は彼女に「天使」という名を与えてくれたし、
一緒に暮らしていた間、一度だってぶったりしなかった。
そして、エンジェルのそばには、父親に買ってもらった青いクマのぬいぐるみのグリズルがいる。
エンジェルは、そう言ったものを心の支えにして、正しくあろう、善くあろうとし続けるのである。
 
農場がある田舎町には、エンジェルを助けてくれる存在もいた。
一人は自宅で小さな図書館を開いているリザ。
エンジェルの曾祖母と幼馴染だというリザは、年老いているだけでなく身障者である。
背中がねじれ、大好きな星を見ようにももう空を見上げることも叶わないくらい腰が曲がった老女。
しかし、リザは持ち前の賢さと優しく温かい心とで、エンジェルをよりよい道へ導き、
大人の知恵で彼女の窮地を幾度となく救うこととなるのである。
もう一人は謎めいた「星のおじさん」。
晴れた夜にいつも望遠鏡で星を眺めている初老のその男は、
エンジェルの祖母の農場に置いてあるガラクタ同然のトレーラーに住んでいる。
幼かった頃、農場を訪れた際もエンジェルに星を見せてくれたことがあった謎の男。
彼はエンジェルに星を見せてくれ、宇宙の不思議について話すだけだ。
でも、彼に聞いた宇宙の不思議さへの興味がエンジェルの世界を広げ、
彼女をよりよい世界へ押し出していく原動力となっていくのだ。
 
その「星のおじさん」が、エンジェルに向かってこんなことを言う。
 
「秘密を知りたいかい?」
「秘密って?」
男の人は近よってきてエンジェルの腕をつねった。
「わお」おどろいただけで、それほどいたくはなかった。
「ほらな?」男の人はそういうと、今つねったエンジェルの腕をもちあげた。
「ここにあるものが、わかるだろ?これが星をつくっているものだ」
「どういうこと?」
「同じものなんだ。あの星をつくっているのと同じ要素、同じ材料で、おれたちもつくられている。
人間は星と同じものでできているんだよ」
よくわからなかった。
「星は空で燃えているんでしょ。そしてあたしはここに立っていて、光ってなんかいない」
「うんまあね。それでも、別のものでできているわけではない。
同じ要素からたまたまちがうものができただけだ。
おれたちはやっぱり星と同類なんだよ」
エンジェルは、八月の夜にパジャマ一つで外にいて、ふるえたけれど、それは寒さからではなかった。
    (ポプラ文庫刊 キャサリン・パターソン著「星をまく人」110~111ページより)
 
この部分を読んで、わたしは不思議な感動で心が一杯になるのを感じた。
・・・ああ、わたしも昔、これと同じことを聞いたことがあった・・・。
わたしが中学生だった頃、テレビで「COSMOS」という番組が放送された。
その中で、カール・セーガン博士が「星のおじさん」と同じ内容のことを説明したあと、
画面を真っ直ぐ見つめながらこう言ったのだ、「わたしたちは、星の子どもなのです」と。
あの言葉を聞いた時の衝撃!!!
小さい頃から、太っているとか、見た目が可愛くないとか、性格がねじ曲がっているとか、
一から十まで貶されて来た惨めなわたしだけど、この身体はあの輝く星々と同じもので出来ているのだ!
あの時感じた、全身が震えるような、目の前がぱーっと明るく開けるのを感じるような激しい感動は、
30年以上経った今でも鮮明に覚えている。
そして、その言葉がそれから後のわたしの心の中で、不滅の灯りのように輝き続けたことも。
 
この作品の著者の作品である「テラビシアにかける橋」でも、
かけがえのない存在との死別が描かれていた。
この作品でも、エンジェルはかけがえのない人を失うことになる。
悲しいけれど、死はすべての者に訪れ、誰一人としてそれから逃れることは出来ないのだ。
アメリカという国がかつて巻き込まれ、多くの悲劇を生むこととなった戦争の犠牲者だったその人物は、
失いかけた人生の最後に、エンジェルに素晴らしいものをしっかりと手渡し、旅立っていく。
「星は星に、星くずは星くずに」
その人の葬儀でエンジェルはそうつぶやく。
そう、その人は星へと戻って行ったのだ。
夜空の星をエンジェルが見上げるとき、彼女はその中にその人の存在を感じることになるだろう。
「ぼくは、あの星のなかの一つに住むんだ。その一つの星のなかで笑うんだ。
だから、きみが夜、空をながめたら、星がみんな笑ってるように見えるだろう。」
岩波少年文庫刊 サン=テグジュペリ著 内藤濯訳 「星の王子さま」144ページより)
そう言い残して、ふるさとの星へと還って行った、星の王子さまのように。
 
物語が進むにつれ、エンジェルの周りを取り巻く人々の真実の姿が少しずつ見えてくる。
ウェインも、ヴァーナも、曾祖母も、決して悪い大人たちではなかったことが、
段々明らかになっていく。
そして、物語は未来への明るい希望を読み手に抱かせつつ幕を閉じるのだ。
 
ちなみに、この作品の原題は" THE SAME STUFF AS STARS "。
「星と同類のもの」という意味の題である。