まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

母の顔

ボランティア先の老人ホームに、
とても認知症の進んだ女性が入所なさっている。
よだれがいつも垂れているのでよだれかけをし、
姿勢を保持出来ないので幅の広いベルトで身体を車椅子に保定されて。
歌の歌詞や紙芝居のセリフなどがきっかけとなり、
大きな声で叫び続けてしまわれることもある方だ。

そんなわけで、紙芝居や軽体操の間など、
キーボードの伴奏が必要ないときには、
その女性の傍らで手を握ったり声を掛けたりすることにしている。

昨日の活動の際もそうしていた。
「うめぼしさん」という絵本を担当が読んでいる間、
その方は「うめ~?あれ、うめの実なのお~?」
「(梅の花が)咲いたね~、花だね~!」
「シワシワ~、シワシワ~!」
などと大きな声を上げながら、
傍らのわたしの方を見るので、
わたしは手を握りながら小声で
「そうですね、あれ、梅の実ですね」とか、
「ホントにシワシワになっちゃいましたね」とか返事をした。

担当が交代して、軽体操のコーナーになった。
「痛いところがある方は決して無理なさらずに。
出来る範囲でいいですよ~」
肘をゆっくり伸ばしたり、肩をゆっくり上下させたり。
五十肩がまだ完全に治っていないわたしは体操しながら思わず
「イテテテテ・・・」と声を出した。
すると、その女性がわたしの方をさっと向いた。
「いたいの・・・いたいの・・・?」
そして、いつものような突拍子もない大声でなく、
「大丈夫?痛いの、大丈夫?」と言った。

それは、紛れもなく、
母親の声と口調であった。
わたしは、初めてその方の「母の顔」を見た、と思った。

活動終了後、利用者さんお一人お一人に声をかけ、
握手したり手をさすったりしてから控えに戻ることにしている。
手を握りながら「また来ますね」と言ったら、
その方は
「また来る・・・また来るの・・・」と言いながら、
わたしのおでこに自分のおでこをくっつけた。
わたしは目をつぶっておでこの感触をおでこで感じながら、
「ああ、かあさんとおでこくっつけたことなんて、
うんと小さい頃しかなかったかもしれないな」と思っていた。