まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

2ヵ月に一度の通院日

今日は通院日だった。

早起きして用意し、診察開始の40分前に診察券を出しに行く。
今日は混んでいて17番目だった。

時間を見計らってホームへ迎えに行く。
今日の義父は、昨日の絶好調ぶりが嘘のような様子だった。
表情は薄ぼんやりとしているし、姿勢はひどい前かがみになってるし、
歩き方まで昨日とは別人のように覚束ない感じになっていた。
わたしを見ても薄ぼんやりとした表情のまま、目を合わせないようすーっと視線をそらす。
今日は「分かってない日」なんだな、と思った。

ケアマネさんが腕を取って自家用車まで誘導してくださった。
義父は何だか下ばかり見ていて、ただでさえバランスが怪しい身体が、
ホーム入口の敷物につまづいて転びそうになる。
「コウセイさん、外靴が気になるの?
上靴と履いた感じが違うから、靴が気になるの?」
ケアマネさんの言葉に義父は「うん、うん」とうなずいた。
車に乗せて、シートベルトを引っ張って留め具にはめようとするが、
義父は自分でしようとして手をはさみそうになった。
「コウセイさん、手をはさむと困るから、わたしに任せてください」
ケアマネさんの対応は一々とても勉強になる。

ホームに入ってから半年ちょっと、4回目の通院である。
前回は車が走り出した途端「北の方へ向かっているのか」と聞いてきた義父だが、
今回はもう自分がいるのが町のどの辺なのか、
そこからどちらへ向かおうとしているのか皆目見当が付かなくなったらしく、
ただ黙って車の窓から外を見ているばかりだった。
車が病院の駐車場に着いても、義父はただ目を見張ってキョロキョロしていた。
車から降りる時にも義父は転びそうになった。
建物へ向かって歩くのもノロノロよろよろとして、
昨日の義父とは全くの別人が歩いているようにしか思えなかった。
ケアマネさんが腕を取ってくださるので、わたしは先回りしてドアを開け、
「ゆっくりでいいですよ、お義父さん」と声を掛けるだけにした。

義父はその精神科の病棟に2ヵ月ちょっと医療保護入院していたため、
看護師さんたちが「コウセイさん、久しぶりだね」と声を掛けてくださるのだが、
義父は誰とも目を合わせないように足元に目を落として待合室のイスに座っていた。

血圧と血糖値を計られた後、診察になった。
昨年の6月以来主治医になっているK先生が
「どうです、コウセイさん、変わりありませんか?」と尋ねた。
義父は質問の意味が分からなかったらしく困惑の表情を浮かべてうつむいていた。
「ちゃんと眠れますか?」
「はい」
「ご飯はちゃんと食べていますか?」
「はい」
K先生は前回までと違い、義父に「はい、いいえ」で答えられない質問はしなかった。
あとはケアマネさんがホームでの様子、困っていることなどを先生に話した。
今回も先生は「コウセイさんは教員の経験があり、その後は工務店をやっていたから、
プライドは高いんです。
それに配慮しないような言動を職員さんがすると、
困ったことになるような気がしますね。
コウセイさんの尊厳を尊重すること、あとはきちんと向き合って話をすることですね。
そうすれば薬に頼らなくても問題行動を抑制出来るんじゃないですかね?」
すると、黙って聞いていたように見えた義父が、突如堰を切ったように話し出した。
曰く、意地悪みたいなことをして来る輩がいる、一人ぼっちでご飯を食べている、
そういうことをされて我慢出来ない気持ちになることがある・・・。
傍らで聞いていたケアマネさんが「えっ、コウセイさん、一人ぼっちでご飯なんてこと、
全然ないですよね?食事はいつも食堂で皆さんと一緒だし、
他の方とお話することだってあるじゃない・・・」と言いかけたら、
K先生はカルテに記入していた手を止めて、
「そんなことくらい、言われなくたってわたしは分かっています。
気が済むように話させているだけなんだから、口をはさまないようにしてもらいたい」
と早口で言った。

帰る道々、ケアマネさんが「先生は気を悪くなさったんでしょうかね」と言うので、
「K先生は割と『素人に何が分かる』というような態度が目に付く先生なんです。
1年ほど義父の主治医をしていただいていますが、
わたしも質問した時などにそういう態度を取られたことが何度もありましたよ。
そういう方なんでしょうね、きっと」と答えた。
義父はもう「家へ帰りたい」と言うことも「ばあちゃんはどうしたんだ?」と聞くこともなく、
ただただひっそりと車に乗っていた。
前回のようにホームに着いてから「車から降りない、このまま車で待ってる」とも言わず、
ケアマネさんに促されるとおとなしく降り、腕を取られてノロノロよろよろとホームへ戻って行った。

次回通院日は9月上旬。
その時に義父はどんな状態になっているんだろうか。

***補足***
「意地悪してくる輩がいる」「一人ぼっちでご飯を食べなくちゃならないことがある」って・・・。
あっ!あっ!あっ!
家で義母と暮らしていた頃、義父は「こいつが意地悪してくる」と義母のことを言ってたっけ。
趣味を極めるのに忙しく、日々飛び回っている義母は家を空けることが非常に多く、
義父は一人ぼっちでいつもご飯を食べていたし。
あれは、ホームでのことじゃなくて、家で暮らしていた頃の「嫌な思い出」だったんだ、きっと。
でも、あのタイミングで言いだされたら、誰だってホームでそういう目に遭っている、
と義父が訴えているんだと思っちゃうよね。