まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

義父の認知症、深く静かに進行中。

差し入れの水ようかんを持って老人ホームへ行って来ました。
「面会してって下さい。全く刺激のないのも良くないですから」
ケアマネさんの言葉に、義父の部屋へ付いて行きました。

義父はカーテンを閉め切った薄暗い部屋でベッドに横になっていました。
「コウセイさん、お客さんですよ」
そう声を掛けられて起き上がった義父の顔。
一層表情が無くなってぼんやりとしたように感じられました。
「どなただか分かりますか?」
義父はわたしの顔をチラッと見ると、
「・・・嫁さんだ」と小声で答えました。
「誰のお嫁さんですか、この方?」
ケアマネさんがさらに質問すると義父は
「コウヘイ(すぐ下の弟のこと)の嫁さんだ!」とうつむいたまま答え、
「・・・俺だって、それくらいのことは分かるんだ!」と語気荒く付け加えました。

そんな訳で、コウヘイおじさんの奥さんのフリをしなくてはならなくなったわけですが、
コウセイさんとコウヘイおじさんは仲が非常に悪く、
わたしは件の「おばさん」に2度ほど挨拶したことがあるだけですし、
しかも、おばさん本人ははもう5年ほど前に亡くなっている状況で・・・。
内心「バレたらお義父さん、激怒するかな?」と冷や汗タラタラでした。
「お兄さん、ご無沙汰してました」そう声を掛けたわたしに、義父は
「うちのワイフのヤツ、一体どうしたもんなんだか、全く見舞いにも来ないんだ」
と怒った口調で言いました。
それで、わたしは
「あら、奥さんはエリちゃん(夫の妹のこと)のとこだって聞きましたけど。
旦那さんが海外勤務になってエリちゃん一人になっちゃったから、
エリちゃんのお嬢ちゃんたちのお世話の手伝いをしに、
奥さんはずーっと栃木に行きっぱなしだそうですよ」と答えました。
すると、義父は「何と!いやあ、全くもって初耳です、そんなこと」
と言いながらおでこをピシャリとたたき、
「だから、ここへも全然来ない訳なんですな!・・・いやあ、そっかー、そっかー」と言いました。
(ちなみに、義母が面会に行かない理由については、
前々から皆で申し合わせてあり、義父には数えきれないくらいの回数説明して来ました)
「いやいや、おかげで安心しました」と言ってペコペコお辞儀する義父に、
「ところでお兄さんは、お加減いかがなんですか?」と尋ねると、
「まあ、あれの方はまあ、まあまあです。
思い返してみると、ここの病院へはじいちゃんも入院してたし、
あの時もまあ、あれでしたから・・・あまり心配はしてないんです」と答えました。
(ちなみに、義父が入っているのは出来て2年ほどの老人ホーム。
「じいちゃん」と呼ばれている先代社長が亡くなったのは7年前のことです)
「ああ、そうですか、それでしたら、安心ですね」
「はい、まあまあ、そんなところです、はい」
職員さんがお茶とお持たせの水ようかんを持って来てくださったので、
義父の部屋にあるテーブルでお茶を一緒に飲むことにしました。
義父は自分の前だけに置かれた水ようかんを見て、
「これ、丸ごと食べていいんですか?わたし一人で?」と言い、
食べていいと知ると一礼してから嬉しそうに食べ始めました。
わたしが隣でお茶を飲みながらその様子を見ていたら・・・。
「あっ、写真。写真はどこへ行ったんだか?」
食べかけの水ようかんをテーブルに置いて、義父が立ち上がりました。
「おかしいな、写真が見当たらない」
そう言ってウロウロと探し始めた義父の顔に、
みるみるうちに不安そうな色が広がりました。
「何の写真ですか?」
「さっきまで見てた写真、写真が見当たらなくなった」
わたしが部屋に来た時、義父はベッドで横になっていたのですから、
写真なんて見てなかったのですが、それを指摘したって不安が増すだけだと思ったので、
「一緒に探しますね。どのくらいの大きさの写真ですか?」と尋ねると、
「大きくはないんだ。まあ、これくらい」と義父(証明写真くらいの四角を指で作りながら)。
「落ちたのかも知れませんね。ベッドの下を見てみますから」と膝をついてベッドの下を覗き、
時間をかけて探すフリをしました。
「無いようですよ」
「おかしいな。布団に紛れたのかもしれない。あんた、そっち持って」
義父と二人で布団を持ち、バサバサと振りましたが当然何も出て来ません。
義父はさらにタオルケットを一緒に持つよう言い、これもバサバサと振り、
また布団を持つよう指示して一緒に振りました。
「おかしい・・・見てた写真がない・・・」ウロウロと視線を泳がせた義父は、
わたしのバッグに目を留めました。
「あんたのカバンに間違って入ったのかもしれない!」
「じゃあ、見てみますね。」
義父の注視する前でテーブルに一つ一つ中身を出して見せました。
長財布、小銭入れ、ハンカチ、携帯電話、ポケットティッシュ、手帳。
義父は「間に挟まっているかも」と言いながら、
長財布のスナップを開け、二つ折の携帯を開き、ハンカチを広げ、ティッシュを引っ張り出しました。
手帳も開きながらパサパサと振り、何も落ちないのを見ると、
「・・・どこに行ってしまったんだか」
「分かりました、職員さんに頼んでみましょう。
わたし、今日は時間ですのでもうそろそろお暇しますが、
帰りがけに職員さんに写真を探してもらえるようお願いしてみますね。
それでいかがですか?」
「ああ、そうしてくれますか?ありがとうございます」
義父が付いて来たそうにしたので、
「お兄さんはどうぞベッドで横になって待っててください。
わたし、職員さんに頼んで来ますから」
すると、義父はベッドを指さし、嬉しそうな口調で
「この寝床、知り合いが使ってたのを『俺はもう使わなくてよくなったからあげる』
って言って俺にくれたものなんです。
『返すことないからな、好きに使ってくれ』って言うから、
その言葉に甘えて好きなだけ横にならせてもらってるんで」。
「そうですか、良かったですね」と答えて、部屋を後にしました。
(もちろん、事実と全く違います。
部屋にはレンタルの介護用ベッドだけが元々備品として置いてあったのです)

義父の居住階の受付にいたケアマネさんに写真のことを話しました。
幻覚が再発したのかと思いましたが、そうではなさそうだったので安心しました。
ケアマネさんが「コウセイさん、第2高校の先生を長いことなさってたんですってね!
思い出話をこの間たくさん伺いました」とおっしゃったので、わたしは
第2高校は義父の母校ではあるけれど、教壇に立ったことは一度もないことを説明しました。

事情を知らない人が聞いたら、結構きちんとした受け答えが出来ているように思うでしょうが、
義父の認知症は深く静かに進行中みたいです。