まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

「ペットロス」が一番激しいのは、実は鳥飼いらしい件

少し前に話題になっていたこと。
「ペットロス」が一番激しいのは、
意外なことに犬や猫の飼い主ではなく、
鳥の飼い主だということが分かったんだって。
それについて、ラジオの番組では
「多分、鳥は人間の言葉をしゃべるからだと思われます」
と解説していた。

・・・違うな、全然違うな、と思った。

犬や猫と鳥とでは飼い方の何が違うのか。
それは「エサのやり方」。
犬や猫には一日に2回、とかエサやりタイムがあるはず。
でも、鳥(この場合想定しているのは植物性のエサを食べる鳥)には、
「エサやりタイム」はない。
カゴの中にエサも水も24時間ずーっとセッティングされたままだ。

そのことが何を意味するか。
犬や猫は飼い主を「エサをくれる人」として認識しているが、
鳥にはそういう認識の仕方はない、ということだ。

わたしの30年来の愛読書「ソロモンの指環」によると、
植物性のエサを食べる鳥は飼い主と純粋に愛情でのみ結び付く、
のだそうだ。
だから、同じ鳥でも動物性のエサを食べる鳥に比べると、
「懐く」のに時間がかかるけれど、
一旦愛情と信頼を寄せるとその結びつきは非常に堅固なものとなるのだと。

すごーく納得出来る説明だと思う。
鳥は、あのちっちゃな身体の中に、
信じられないくらい強い愛情が詰まった生き物なのだ。
うちのまるぽんも、実家で飼ってたちいのすけも、
一番幸せそうに見える(見えた)のは、
大好きな人の肩にとまって過ごす時。
別におもちゃも、おやつも、何にも要らないみたいに見える。
ただ、大好きな人と共に過ごせるだけで、
彼らにとっては至福の時らしいのだ。
機嫌よさそうにしながら肩先で羽繕いし、
時々大好きな人にナデナデしてもらうだけで、
彼らからは「幸せオーラ」がたっぷりと放射される。
それは、辺り一面を「見えない幸せ光線」で覆いつくすほどの、
物凄い力を持ったオーラだ。

わたしの知り合いの女性は、ダンナさんのDVから逃れる過程で心に傷を負った。
大事な子供たちとも引き離されてしまい、
2年近くバラバラに暮らさざるを得なくなってしまっていた。
その女性が、子供たちとまた暮らせるようになった時、
オカメインコを飼い始めた。
「ミカエル」という名をもらったそのオカメインコが、
傷付いた彼女と子供たちの心を癒し、
彼女たち4人(彼女には3人子供がいるのだ)にとって、
文字通りの「天使」になってくれたのだそうだ。
それくらい、鳥たちの持っている「幸せオーラ」は強力なわけで。

だから・・・。
そんな彼らを永遠に失ってしまったとき、
飼い主の心には予想も出来なかったほどの深く大きい穴が開いてしまうのだと思う。

まるぽん、お願いだから長生きしておくれよね。