まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

「内縁の妻」たち

所謂「ボランティア」とはちょっと毛色が違う仕事をここ1年ほどしている。
自力で金銭管理するのが難しくなった方が受けている、福祉サービスのお手伝い。
指示書に従って口座からお金を下ろし、公共料金や入所施設の利用料などを支払う。
それから利用者さんを訪ね、お金の動きについて説明し、確認のサインをもらってくる仕事。
利用する方の事情は人それぞれ。
認知症、知的障碍者、精神障碍者、独居高齢者などが主な利用者だ。
1人につき1か月に1~2回、アパートや老人ホーム、障碍者就労施設などを訪ねる。

わたしが担当している人たちのうち、二人が元「内縁の妻」で生活保護受給者だ。

Aさんは60代、小さなアパートで暮らしている。
元々軽い知的障害があり、現在は認知症を発症しているということだが、
会話している分にはほとんど気付かない
(話した内容を覚えていることはほぼないが)。
笑顔が可愛らしく、まるで童女のような雰囲気のAさんは、
今までに何人もの男性の「内縁の妻」となって生きてきた人だと言う。
最後の「内縁の夫」は盗癖があり、Aさんにも万引きを強要したそうだ。
Aさんは知的障害の悲しさか、言われるままに万引きを重ねてしまい・・・。
残念ながら前科持ちになってしまった。
「内縁の夫」は現在服役中。
生活保護を受けて暮らすAさんの面倒を現在甲斐甲斐しく見ているのは、
新興宗教」の関係者だ。
「買い物に行って来てあげる」と言ってはお金をせびり、
「友達の分もお弁当を買ったから」と言ってはお金をせびり・・・。
「親切にしてもらってるから」と言われるままにお金を渡していたAさんの貯金は、
あっと言う間に底を尽きそうになってしまった。
それで、福祉サービスを利用することになったという訳。
少しでも余剰金が出るように生活費を渡すと、全部宗教関係者に吸い上げられてしまうため、
毎回お金はギリギリカツカツの金額しか渡せない。
それでもAさんは童女のような笑顔を浮かべて迎えてくれ、
「お構いなく」と言って断られるのに(お茶を出してもらってはいけないことになっている)、
毎回ちゃんとお湯を沸かしお茶の準備をして待って居てくれる。

Bさんは70代、結婚した夫のDVに耐えかねて家を出て以来、
日本中を転々としながら旅館の仲居さんをして暮らしてきた人だ。
知り合った男性が「故郷に帰って事業を始めたい」と言うのに付いてこの町へやって来た。
せっせと働いて貯めていたお金を男性のために貢ぎ、
(事業はもちろん失敗したそうだ)、
男性の連れ子たちの学費まで出してやったのにあっさり棄てられて。
本人の言葉を信じるなら「3000万ほどあった」貯金は全部なくなって生活保護を受けることに。
縁もゆかりもない町で、頑張って独り暮らししていたBさんは脳梗塞を起こして倒れた。
一度目は軽く済み、リハビリを受けていた矢先、二度目を起こしてほぼ寝たきりに。
しかし、持ち前の頑張りで必死でリハビリし、歩けるようになったところで施設に移った。
現在は施設(Bさんはここを病院だと思っている)に入所している。
施設はリハビリに熱心でないため、Bさんは急速に歩く力を失いつつある。
そして、一緒に入所している高齢者たちの姿に日々激しいショックを受けつつ暮らしている。
「ご飯食べながら隣見るとね、もう信じられないくらい汚い食べ方してるの。
それがね、あんなひどい食べ方してる人見たことない!っていうくらいひどいの。
ボロボロ、ボロボロ、こばしながらね、意地汚くすごい量食べるの。
テーブルについた途端、悪いものに取りつかれてるみたいな勢いでね。」
Bさんは声を潜めてそんな話をする。
関東地方の県の生まれだと言うBさんは、
大きな農家の一人娘として育ったのだと言う。
「子供の頃は幸せだった。大きな農家の一人娘でね、両親がうんと可愛がってくれたの。
特に父がね、とっても可愛がってくれた。いろんなところに連れてってもらってね。
遊びだってね、女の子がするような遊びはしなかったの。
いつも男の子に混ざって遊んでた。とっても活発な子だったの。
大人になってからはうんと働いた。働いて稼ぐだけ稼いだ。そういう時代だったの。
働いたお金でいろんなところへ旅行に行ったのよ。海外へも何度も行った。
わたし、ホントに働いたのよ。お金をうんと貯めたの。
騙されるみたいにして全部無くしちゃったけど、後悔はしてない。
わたし、何にも後悔してないの。一つも悔いることはない。
騙すくらいなら、騙された方がずっといいって思ってるからね。
でも、ここに居たら段々おかしくなっちゃうし、もう人生十分生きたから、
両親が待ってる天国へ早く行きたいって思ってる。
両親がね、もう十分だよ、早くおいでって言ってるような気がするのよ」
Bさんはこの頃そんなことを言うようになった。
Bさんの毎日を少しでも楽しくしてあげたい、と思ってはいるんだけれど、
わたしにはその方法が分からない。
毎月一回だけの訪問日、Bさんの話にひたすら耳を傾けることしか出来ないでいる。
それでもBさんは「来てくれるの、ずーっと待ってたよ!」と嬉しそうにしてくださる。
小一時間ほどの訪問時間終了後、「また来月!」と暇乞いするわたしの手をしっかりと握って、
素敵な笑顔を向けてくださる。
お金の出し入れをするだけの、伝書鳩でしかないわたしには勿体ないほどの笑顔を。

「内縁の夫たちは一体何をしてるのか?!」と訪問のたびに思う。
Bさんは「後悔してない」と胸を張れるひとだからまだいいとして、
知的障害のあるAさんは?
いいように男性たちにもてあそばれて、認知症になったところで、
今度は宗教関係者に付け込まれて。
身を守るだけの力がないひとだと言うのに。

この仕事を始めてから、世の中の歪みが弱い人たちを苦しめてる様子を直に見ることになった。
関わってるひとたちが少しでも楽しくなるように、幸せになるように・・・と思ってはいるんだけど、
わたしに出来ることなんかほとんど無くて・・・。
無力感に苛まれることもしばしば、なのであります。