まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

髪飾り

「これ、Hからもらった」
クリスマスイブに、補習が終わったあとHくんと人生初デートに行った娘が見せてくれた。
キラキラした飾りが付いた髪飾り。
緑、青、透明、琥珀色・・・キラキラとは言え地味な色合いの髪飾りを見て、
「Hくんは本当にうちの娘のことを良く分かっていてくれるんだな」と思った。
 
Hくんは娘の小学校時代の同級生。
小学校5年生になるときこの町に転校して来た娘と、
卒業までの2年間本当に仲良くしてくれた男の子だった。
サッカーをやっている男子グループに目を付けられ、「いじめ」に遭った娘のことを、
仲間外れしたり無視したりする子が殆どだったけれど、
Hくんはいつも変わらず娘の味方であり仲良しであり続けてくれた。
「いじめ」を断ち切るために娘が別の中学へ進学することを決めると、
Hくんは「別れるのが悲しい」と毎日家で泣いていたそうだ。
(卒業式の日にHくんのママにそう言われた)
別の中学に行ってもHくんは娘の中学の文化祭にちゃんと来てくれた。
娘たち科学部が作った熱気球(の原理で浮くゴミ袋)の実演を見に行ったら、
人込みに紛れるようにして見守ってくれているHくんがいてちょっと感動したことを覚えている。
Hくんはそう言う子だった。
メールを寄こすこともなく(そもそも高校に入るまで携帯を持ってなかった)、
電話を寄こすこともなく、でも娘の誕生日にはちゃんとカードとプレゼントが郵便受けに入っている。
娘もバレンタインデ-にはお菓子と手描きのカードとプレゼントを届けに行き、
ホワイトデーにはお返しを持ったHくんがやって来る。
そして、外でちょっと話をして帰って行く。
何とも言えずに可愛らしくて控えめで、優しい子なのだ。
今どき、こんなに上品に気持ちを伝え続ける少年が絶滅せずに存在していたのか!
とびっくりさせられるくらいに。
 
Hくんはこの春から共学校に通っている。
「Hもさ、共学校に行って、きっと彼女が出来たよね。
あたしみたいな、ぽっちゃりしてて背が低い、可愛くない女の子なんかじゃなくって、
もっと可愛くって見た目がいい女の子がいっぱいいるもん。
でも、仕方がないよね」
娘は時々、そんなことを言うようになった。
文化祭に誘っても、残念ながら日程が全く重なっていて、
見に行けるかどうかちょっと分からない、という返事が来て娘はがっかりしていた。
「Hくんのことだもん、そのうち連絡来るんじゃない?」
と答えつつ、背が高くてひょろっとした体型で、
ちょっと羽生結弦を思わせるような顔立ちをしたHくんのことを
「女の子が放っておかないだろうな」と内心思っていた母なのだけれど。
 
クリスマスが近づいたある日、「イブに一緒に出掛けない?」とメールが来たのだ。
「『他に付き合ってる子がいるんだ。今日でお別れだ』って言われるかも」
クリスマスイブが近づくにつれ、娘は不安なのかそんなことを度々口にした。
「Hくんに限ってそんなことするはずないって、自分が一番よく分かってるくせに。
絶対そんなことないって。こればかりは絶対って言いきれる自信あるよ」
そう答えると娘は「そうかなあ?」と言いながらちょっぴり不安そうな顔をした。
 
イブ当日。
外出先から帰宅すると、娘が先に帰宅していた。
「二人でボウリングに行ったよ。
二人ともすごーく下手だったけど、結構楽しかった。
Hは『ものすごく楽しい!』って言ってとってもニコニコしてた。
『何かあると大変だから』って家まで送ってくれたよ。
それで、プレゼントにこれもらったの」
娘が手を開くと、キラキラした光を放つ髪飾りが現れた。
ピンクや赤のものを決して身に着けない、
娘の好みに良く合った髪飾りが。
 
今、娘はデッサンの勉強をしにアトリエに行っている。
一心不乱に絵を描いている娘の髪には、
Hくんからもらった髪飾りが輝いているはずだ。