まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

ひんやりとした人間関係

某大学で芸術関係の勉強をしている娘から、
ここ数日SOSのLINEが入って来ていた。
好きなようにグループを作って課題に取り組むように言われたそうで、
娘たちは同じようなことをやりたいと思っている同士、
集まって話し合いを進めていたとのこと。

そこに「入れてくれない?」とAくんがやって来たそう。
彼は(一応実技試験もある大学に合格したのだから、
まるきり素人レベルではないだろうが)作業が雑で作品の仕上がりが良くなく、
しかも課題の規定をちゃんと読まず勝手なものを作ったり、遅刻が多かったり、
クラスの話し合いの際に茶化したり、意味もない議論を吹っかけて紛糾させたり…と、
「問題児」という目で見られている人物なのだそうで。
ただ、数日間はグループのメンバーを固定せず、出入可にするよう教授に指示されていたこと、
娘たちが作ろうとしているものが、非常に繊細な作業を必要とすることなどから、
「他のグループにすぐ移るだろう」と考えていたそうなのだけれど…。
Aくんは数日経ってもよそへ移る気配がなく、話し合いに加わって
いつものように茶化したり紛糾させたり、「こんなのどう?」と
(今までの話し合い、ちゃんと聞いてたらこんなもの作って来ないよね?)と
思うような試作品を持って来たりするようになったらしい。
しかも、Aくんが先にいくつかのグループからお試しで入ることすら
拒絶されていたことが分かり、「他に行き場が無い」という消極的理由から
娘たちのグループに来たのでは…と言い出す子も出て(ほぼ全員「確かに…」という
感じになったらしいけど)、「どうしたらいいだろう」とみんな困ってしまっていたらしい。

娘は、「このままではグループのメンバーもAくんも
双方不幸になるだけだ」と思い、「Aくんも交えてきちんと話し合いをすべき」と
提案したそうなのだけど…。
他の子たちの反応は、「飼い殺しにすればいいだけじゃん」
(実際には「飼い殺し」と言う単語を知らない子ばかりで、
「単位泥棒させればいいじゃん」だったそうだが)。
「Aくんには好きに作らせ、それを別の子が作ったものと差し替えて、
ただAくんの名前だけは残しておけばいい、今までだって
Aくんの作ったものを、そうやって無断で差し替えたりしてきたらしいよ、
第一話し合うなんて面倒臭い、そうやって波風立ててうちの学年の
イメージが悪くなったらどうするの?」
挙げ句の果てにには
「やるなら話し合いでもなんでも一人で勝手にやりなよ、
でもあんたの肩は持たないからね」と言われたそうだ。
(あんたの肩は持たない=全責任はあんた一人で負え、という意味)。

娘の話を聞いていて、「なんて惨いことをするんだろう」と思った。
そりゃあ、彼にだって非はある。
沢山非はあるけれど、一応「クリエイター」と名の付く人に対して、
無断で作品を差し替え、「名前だけ残しておいてやったよ、単位は
取れるんだからありがたく思え」って、相手を一番傷つける行為ではないのか。

「あいつが入るなんてサイテー」
「あいつが入ったとこは『貧乏くじ』引かされた感じだよねー」
「とにかくさあ、よく受かったよね、あんなもんしか作れなくってさー」
Aくんの居ないところでは罵詈雑言の嵐、LINEでも悪口のオンパレードで、
じゃあ、なんとか妥協点を探れないか話し合いをしては?と提案すれば、
「一人で勝手にやって、結果は全部お前が責任取れよ」とは。

結局、Aくんは期限ギリギリになって、一度は拒絶された他のグループに
頭を下げて移って行ったそう。
「あんた、何か言ったの?」
「Aくんに何か言ったんでしょう、勝手に一人で」
そう言われた娘は、
「あたしは、小学校の頃、Aくんと似たような子と関わり合いになったせいで、
ひどいいじめに遭った経験があるから、
全部の責任を一人で負えと言われてまでAくんに話をすることなんか、
恐ろしくて出来なかった」と答えたそうだ。
でも、万が一Aくんが休学でもするような事態になった場合、
娘に関して悪いうわさが学年中に拡がるのは避けられないだろう。

わたしは、娘の話を聞いていて「これじゃあ、自殺する若い人が後を絶たない訳だ」と感じた。
拒絶されている、というひんやりとした空気だけが自分の周囲に充満し、
やんわりと、しかし確実に排除されて行くだけ、まるで真綿でじわじわと首を絞めるように
自分の存在が削除され、透明人間化されていく雰囲気を日々味わわなければならないとしたら、
行きつく先は絶望しかないではないですか。
今の若い人たちは波風が立たないように、トラブルが起きないようにするのが
とにかく上手いと聞いていたんだけれど…。
実際には人と人の間にあるはずの温かさがなく、無機質な冷たさしか
人間関係に存在していないんだよなあ。

「時々どうしようもなく嫌になるの。
馬鹿話は散々するけれど、ちょっと中身のある話をしようとすると
『ちょっとお、重いんですけどお』って拒否されちゃう。
あとは『ウザっ! 』で終わり。
社会に出てもこんな奴らしかいないんだとしたら、
もう日本に住んでいるのが嫌になってしまいそう。
…あたし、もう外国で就職しようかなあ」。

そんな風に言われても、
娘を止めることが出来る言葉を見つけられない母なのだった。