まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

M子おばちゃんに会ってきました

緩和ケア病棟に入院しているM子おばちゃんに
会いに行って来ました。
子供たちも一緒に。
娘が今年の年賀状用に描いた絵を
A4サイズにプリントしたものも持って。

前日お見舞いに行っていた姉からは
「おばちゃんがあまりに小さく細くなってしまっていて・・・
涙が出そうになりました・・・
1時間ほど話ましたが・・・おとうたちの話になると涙が・・・
とても辛いお見舞いになりました」
という内容のメールが来ていましたが、
わたしはおばちゃんを少しでも笑顔にさせよう、
心からのお礼を伝えて安心させよう、
と心に決めて病院へ向かいました。

病棟は明るくて静かでした。
病室のドアをそっとノックすると、
従妹のNちゃんが出て来ました。
「栗ちゃん、お待ちしてました」

M子おばちゃんは小さく小さくなって、
もともと華奢だった身体がますます細くなっていました。
でも、「あらあ、栗ちゃん、遠いとこ、ありがとね」
と言ってくれた口調と優しい眼差しとはいつものおばちゃんのままだったので、
わたしは自然に笑顔になることが出来ました。
おばちゃんはすぐに子供たちに気付き、
「二人とも来てくれたの?
久しぶりだこと、嬉しいわ。
〇くん、公務員試験合格おめでとう、
△ちゃん、美大合格おめでとう。
二人ともほんとに良かったわねえ!」と言って嬉しそうに笑いました。
わたしは娘の絵をファイルから取り出しておばちゃんに渡しました。
「これ、△ちゃんが描いたの?
わあ、なんて素敵なの!
ありがとう、大事に飾らせてもらうわね。
N子、△ちゃんの絵、何か素敵な額に入れて飾ってちょうだい」
「そんな・・・時間が無かったのでパソコンのデータを
プリントしただけなんですから。
テープででも壁に貼ってください」
Nちゃんはニコニコしながら
「テープで貼るなんてもったいない!
お母さん、今日すぐに額を買って来て飾るから」。

おばちゃんが疲れるといけないと思い、
すぐにお暇するつもりだったのですが、
おばちゃんは小さな声でいろいろなことを話し続けました。
亡くなった父がうちの娘のことを
「△はたまげて手先が器用な子で、
将来がほんとに楽しみなんだ」といつも嬉しそうに話していたこと。
息子が小さい頃からニコニコしていてとても元気だったこと。
母や父の棺に入れた、うちの娘が折った小さい折り鶴が、
まるで無数の小花のように見えたこと。
小さかった頃の姉とわたしとが、
それぞれタイプは違っていたけれど可愛らしかった(とおばちゃんは言いました)こと。
義父と同じレビー小体型認知症(だったと初めて知りましたが)おじちゃんを介護したこと。
「幻覚が出て大変だったの・・・施設の人たちにバカにされて笑われて・・・。
栗ちゃんのお義父さんはどう?
施設の人たちに良くしてもらってるの?」
「はい、とても良くしてもらっています」
(入院する前に入っていた施設では本当に良くしてもらっていたので)
するとおばちゃんは心からの笑顔になって、
「それは良かったー」と言いながらホーっと深く息をしました。

わたしは自分の仕事のことを話しました。
父が亡くなったあと絶望的な気持ちから抜け出せなかったときに
おばちゃんに何時間も話を聞いてもらって立ち直れたこと、
だからこそ仕事に就こうと前向きになれたこと、
今はNPOを二つ掛け持ちしてそれぞれで楽しく働いていること・・・。
「おばちゃんのお陰で元気になれました。
本当に本当にありがとうございました」
おばちゃんは「良かったわねえ、生きがいになる仕事が見つかって・・・。
本当に本当に良かったわねえ」と言いながらニッコリしました。

おばちゃんは姉とわたしとのことについても話しました。
すぐに仲直り出来るような話ではないと分かってはいるけれど、
徐々に徐々にね、お互いに歳を取って来ると、
若かった頃は許せなかったことも許せるようになるかもしれない、
そうなったらそうなったように、お姉ちゃんと付き合ってあげてね。
そして、「わたしはもうね、順番だから。
年を取ったものが先に行く、それだけのことだからね」と言って笑いました。
わたしは何と答えたらいいか分からなかったけれど、
「Nちゃんが付いてるんだから。
おばちゃん、大丈夫、大丈夫」と言ってビッグスマイルを作りました。

ふと時計を見ると小一時間経っていました。
「おばちゃん、握手してもいい?」
もう一度丁寧に手を消毒してから、点滴をつないでいない方の手を
両手で包み込むようにして握手しました。
やせ細ったおばちゃんの手の骨の感触。
でも、わたしの手を握り返すおばちゃんの手からは
優しい心が伝わって来ました。
「△ちゃん、大学に入ったらおはがきちょうだいね、きっと、きっとよ。
おばちゃん、楽しみに待ってるからね、必ずちょうだいね。
〇くん、お仕事がんばってね、おじいちゃんもきっと見ててくれるからね。
何にも心配いらないから、だって〇くんは小さい頃から何も変わっていないんだからね」
そして、おばちゃんはわたしの目をまっすぐに見つめながら
「栗ちゃん、元気でね、お父さんとお母さんが見守ってくれてるからね、
何にも心配することないからね」と優しい声で言いました。
わたしは無言のまま笑顔を浮かべておばちゃんの目を見つめ返し続けました・・・。

Nちゃんがエレベーターホールまでお見送りしてくれました。
「母ね、ああやってお話出来るのもそう長くないと思うの・・・」
そう言ってNちゃんが気丈そうに微笑んだので、
わたしは思わずNちゃんの手首を握って制しました。
すると、みるみるうちにNちゃんの目から涙が溢れだしたのです。
わたしも悲しい気持ちになってぽろぽろと涙をこぼしました。
わたしたちは手をつないだまま、しばらく無言で涙を流しました。
「Nちゃん・・・辛いと思うけど・・・もし何だったら電話してくれていいから・・・」
「ありがとう・・・」
エレベーターのドアが閉まるまでNちゃんは泣きながら見送ってくれました。

不思議に悲しい気持ちは残りませんでした。
おばちゃんは大好きだったおじちゃんが待っててくれる天国へ行くんだから。
Nちゃんは花のように美しくておばちゃんとおじちゃんそっくりの優しい人に育ち、
素敵な旦那さんと一緒に暮らしているんだから。
おばちゃんはきっと人生を生き切ったという満足感でいっぱいなんだ、
だからきっと今生の別れを告げて来たのに悲しくないんだ、
旅支度を整えて「じゃあ、行って来るよ」と旅立とうとしている人を見送るような、
そんな気持ちが心を満たしているのはそのためなんだ・・・。

毎晩眠る前に、M子おばちゃんとNちゃんの穏やかな時間が少しでも長く続くよう、
そしておばちゃんが恐怖や痛みや苦しみと無縁で旅立てるよう、
心を込めて祈り続けようと思います。