まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

悪い魔女

夫のおばあちゃんに会ったら、わたしの祖母のことを思い出した。
5年ほど前に93歳くらいで亡くなった、母方の祖母のことを。
 
わたしは祖母と血がつながっていない。
祖母は祖父の元浮気相手。
母が中1のときに後妻に入った人だった。
しかし、こういう状況だったと知らされたのはわたしが大人になってから。
わたしは子供の頃、祖母のことを「悪い魔女」だと思っていた。
「おばあちゃんはね、マムシの生き血を飲むんだよ。
ヘビに食いちぎられて手の指が何本もなくなってるマムシ売りのおばあさんからマムシを買ってね。
おばあさんがヘビの首を切るでしょ、そうしてその血をさかずきに受けるの。
そしてヘビの目玉を浮かべてね、おばあちゃんはそこにハチミツだかなんだか入れて一気に飲むんだよ。」
子供の頃、母から繰り返し繰り返し聞かされた話。
年に4回、正月と春・秋の彼岸、お盆にしか会わなかった祖母は、
年を取っているはずなのに、なんだか大層美しい人であった。
「ヘビの血に、ヘビの目玉。若さを保つために怪しい魔法を使っているんだな。」
絵本を読むのと映画を見るのが大好きだった幼いわたしの頭の中で、
祖母は魔女に付き物の黒い壷っぽい形をした鍋を火にかけながら、
ほーほっほっほっ!と高笑いしつつ、さかずきの中の赤黒い液体を飲み干していた。
わたしがさかずきをのぞき込むと、小さな不透明の丸い球体がくるん!と引っくり返る。
ヘビの目玉。
そしてそれの焦点がわたしに合い・・・。
「あら、久しぶりだこと。大きくなったわね。」あでやかな笑みを浮かべつつ祖母に話しかけられるたび、
わたしは「失礼な返事をしたりするとヒキガエルにされるかもしれない。」と思っていた。
 
子供の想像力ってすごいものだ。
祖母はわたしが想像したような「悪い魔女」でこそなかったものの、
別の意味で「悪い魔女」っぽい人だった。
今から40年もの昔に髪を赤っぽく染め、タバコを吸い、酒を飲む。
酒を飲んでは若い男性に色目を使う。
男性に秋波を送る悪癖は年を取っても直らなかったらしく、
祖母の旅館があった小さな町では「色ボケばばあ」として、知らない人はいなかったらしい。
そんな祖母だから、孫を可愛がるなんてことは全くなかった。
年に4回の孫の務めの日に祖母の旅館へ行くと、お昼が用意されている。
小さな子供にも、刺身やあん肝やししとうやなすの天ぷらなど。
酒盛りをする大人に出すのと全く同じものが出てくるだけだった。
まだわたしが小学校に入ったばかりだった頃、入院してた祖父のお見舞いに行ったことがある。
仲が悪かった同い年のいとことわたしが小競り合いを始めたのを見た祖母が、
「おとなしくしてたら帰りにアイスを買ってあげますよ。」と言った。
ものすごく暑い日だったし、わたしの母は滅多にアイスを買ってくれたりしなかったから、
アイスを食べたい一心でわたしは絡んでくるいとこを必死で無視しておとなしくしていた。
お見舞いが終わって帰ることになっても、祖母はアイスの「ア」の字も口にしない。
たまりかねてわたしはおずおずと言った。
「あのー、おとなしくしてたらアイス買ってくれるって・・・」最後まで言わないうちに、
「まあ、この子はなんていやらしいことを言う子供でしょう!」という祖母の叫び声。
わたしはヒキガエルでも見るような目つきで祖母に見られ、
アイスも結局買ってはもらえなかった。
・・・魔力でヒキガエルに変えられこそしなかったけれど。
 
祖母の旅館はバブルがはじけたあと何年か持ちこたえたけど、結局つぶれてしまった。
祖母や旅館を継いだ叔母は夜逃げ同然に姿をくらました。
それから何年かして、祖母が亡くなったことを母から聞いた。
転勤で遠くの町に住んでたわたしに母は「帰って来る必要ないから。ただ弔電だけうってちょうだい。」と言った。
祖母の葬儀の日。
祖母のことを思い出してみようと思ったけど、わたしの頭には小さなさかずきと、赤黒い液体、
そして狂ったように笑いながらそれを飲み干す祖母の姿しか浮かんで来なかったし、
祖母のために涙を流すことも全く出来なかったのだった。