まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

響声破笛丸

幼稚園で働き始めてすぐ、「幼稚園の洗礼」を受けて10日ほど寝込んだ。
あれから大分経つと言うのに、声だけどうしても治らない。
「おおかみと七ひきの子やぎ」のおおかみを
普段の話声で出来そうなほど、かすれた声のまま。
何より、歌おうと思っても悲しくなるほど音程がふらふら。
「のどにいい」と言うはちみつ100%の飴やら、マヌカハニー入りの飴やら
いろいろ試してみたけれど、効き目はほんのちょっとしか感じられなかった。

何かいいものはないかと思い、
薬屋さんの「せきとのどの薬」コーナーをぼんやり見ていたら、
「響声破笛丸」という文字が目に入った。

…あっ、この薬は!!!

もう30年も前のこと、新卒で小学校講師(とは言っても普通にクラス担任だった)に
なったわたしは、あっと言う間にのどをやられ、声が出なくなってしまった。
それでは仕事にならないので、振り絞るようにして声を出すのだが、
割れてかすれた、聞き取れないほどの小さな声しか出なかった。
しかも、声を出すたびに、のどの中を小さな刃物で切り裂かれているかのような
激しい痛みが伴い…。
わたしは「まるで『人魚姫』みたいだな」と思ったのだった(まあ、痛む場所が「人魚姫」は足で、
わたしはのどと言う違いはあったけれど)。
それでも毎日毎日、6時間目まで授業があって、声はじりじりと悪くなっていくばかり。
お先真っ暗、という状態になった。

そんなある日、帰宅するとあれがテーブルに置いてあったのだ。
「あんた、そんなひどい声なんだから、それ、飲みなさい。
そんな声じゃ授業にもなんないでしょ?
声楽やる人も飲むんだっていうから、あんたにも効くんじゃないの?」
「響声破笛丸」と言う字面と、いつものように取り付く島もない感じの
厳しい母の口調とに、薬を飲んだ途端、喉笛が破れてぴゅーぴゅーと血が噴き出て来る様子が
脳裏に浮かんだわたしは空恐ろしい気持ちになった。
しかし、にこりともせずにわたしを注視している母の視線の恐ろしさが勝り、おとなしく薬を飲んだ。
どんな味だったのかは、全く記憶にない。
それほどに、あの頃のわたしにとっては、母の視線が何より恐ろしかったのだ。

あれから何回くらい薬を飲んだのかも全く記憶にない。
でも、そう経たずしてのどの調子は回復したのだと思う。
5月中旬に引率した修学旅行で、勝手な行動をして遠くへ行ってしまったクラスの男子たちを
周囲の観光客が「ドン引き」するほどの大声で呼び戻せたのだから。

7回忌も済んだ今ごろになってやっと、
亡くなった母のことを懐かしく思い出せるようになった。
遠い町まで帰って行く娘のためにお弁当を作ってやりながら、
社宅の人から旅行のお土産としてもらった「松島こうれん」を食べながら、
そして、薬屋の片隅で見付けた「響声破笛丸」の文字を見ながら。
あの時もにこりともせず厳しい口調と表情だったけれど、
母なりにわたしのことを精一杯心配してくれていたのだと思う。

1300円ほど出して30年ぶりの「響声破笛丸」を買った。
ネットで調べた通り、お湯に溶かして飲んでみる。
色は、ココアかブラックコーヒーのような感じ。
ニオイは、もちろん相当薬っぽい。
噂に聞く「熊の胆」のような味がするのを覚悟して、息を止めてひと口飲んだ。
その味は…。
予想に反して相当甘かった。

…かあさん、あの時は本当にありがとう。