まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

そんな日もあった、こんな日もあった、でも、ずーっとずーっと昔のこと

先日はボランティア活動の日でした。
 
「どこかで春が」「早春賦」「うれしいひなまつり」「青い山脈」と、
春を感じる曲を高齢者のみなさんと歌い、
「のっぺらぼう」の紙芝居、じゃんけんゲームなどで
約45分間楽しんだあと、30分間傾聴をしました。
 
わたしが話を伺ったのは、デイケア利用者のAさんとBさん。
お二人ともとても元気でしっかりした女性で、
いつも大きな声で一緒に歌ったり、ゲームに参加したりしてくださる方々です。
ホームの庭にまだたくさん残る雪を見ながら、
お二人とも子供時代の冬の思い出を話してくださいました。
 
Aさんは70代後半、都市部で生まれ育った方です。
「紙芝居、懐かしかったわあ。子供の頃、いつも見たもの。
水あめなんかなめながらね、ドキドキして見たのよ。
・・・ねえ、あなたも見たでしょ?」
すると、水を向けられたBさんは、
「うちは山の奥だったから・・・紙芝居なんて、一度も見たことなかった」と。
 
Bさんが生まれ育ったのは、雪国として有名な当県の中でも指折りの豪雪地帯。
Bさんが子供だった頃には、積雪が3メートル半にもなったそうです。
昔は除雪する手立てがなく、冬場は完全に陸の孤島と化したそう。
食べるものと言えば、餅、凍みモチ、あとは草が多くて米は少しだけの草餅など、
とにかく貯蔵してある穀物を使ったものだけ。
「草餅なんて言ったって、今店で売ってるのと違って、草ばっかりだし、あんこも入ってないし、
お腹空いて食べたって、ちっとも旨くなかったの。
だから、あたし、外に出て家の窓に向かって草餅ぶつけるとペタッとくっついてね。
雪が解けて家の窓が見えるようになったら、ぶつけた草餅がそのまんまくっついてて、
すごく可笑しかったの。」
お転婆さんだったらしいBさんは、その片鱗が大いに残るいたずらっぽい笑顔で
そう話してくれました。
当時集落内に店は1軒もなく、冬の間みんな自分の家で作ったものだけ食べていたそうです。
「甘いもんなんて食べたことなかった、いつも凍みもちだの、がりがりかじっていた」
というBさんの言葉にあまり年齢の違わないAさんもびっくりしておられました。
Bさんは、小学校もきちんと通ったのは3年生くらいまで、
あとは「家の手伝いをしろ」と言われて休んでばかりだったそう。
学校に行ける日も、小さな弟を背負って学校へ行き、
授業の間自分のそばに置いて面倒を見ながら勉強し、
帰りはまた弟を背負って、山道を延々と歩いたそうです。
そうやって小学校にだけ6年生まで時折通ったのだと。
「雪が積もるとね、スギの枝を適当に切って、それを持って山へ上るの。
『ソリ』なんてないから、その代わりね。
それで、葉が付いたままの枝を地面に置いてその上に座って、雪山を滑り降りるのが楽しかったあ。
みんな『おっかない』ってあんまり上まで行かないんだけど、
あたしは誰よりも上まで上って、転ばないで滑って来られたのよ!」
勇気と冒険心と好奇心が旺盛だったらしいBさんは、
集落に初めて「バス」がやって来た日のことも懐かしそうに話してくれました。
「人がたくさん乗れる『バス』ってものが来るそうだ」というニュースに、
集落中総出で道沿いで待ち、老若男女みんな大興奮したそうです。
そんなバスも、雪が降れば来なくなってしまい、また集落は陸の孤島になったのだと。
ラジオの電波がようやく届くようになると、Bさんは夢中で歌謡曲を聴いたそうです。
そして、一生懸命歌詞を書き取って覚えたのだそう。
実際Bさんは、唱歌でも童謡でも歌謡曲でも誰よりもよくご存じで、
いつも大きな声で歌ってくださるのです。
やがてBさんは、集落に工事の関係でやって来た電力会社の男性に見初められ、
集落の外にお嫁に出ることになったそうです。
「集落の中でしか結婚しない土地柄だったから、
『外へ嫁に行くなんて、そんな馬鹿もんは初めてだ』って年寄りにも言われたの。
でも、あたしが外へ出たら、『ああ、外へ出てもいいんだ』ってみんなが思うようになったらしくてね、
一人出て、二人出て・・・って、集落の外へ嫁に行く娘が増えたんだってさ。」
小学校にも満足に通えなかったBさんに、ご主人はいろいろなことを教えてくださったそうで、
「あの人が生きてた頃は、訊けば何でも優しく教えてくれた。
でも・・・もうあたし独りになっちゃったからね。
今でも新しい歌の歌詞をみんなひらがなで書いて、後で辞書を引いて漢字に直してる。
日記も出来るだけ漢字で書かないと、すぐノートが無くなっちゃうからね。
・・・まあ、『八十の手習い』ってとこさね、あっはっはっは」
そんな風に豪快に笑ったあとで、Bさんは静かに、
「そんな日もあった、こんな日もあった、
でも、どれもずーっとずーっと昔のこと」と。
 
利用者さんたちのお話をたくさん聞かなくては、と思います。
ちょっと前まではごく当たり前で、みんなが知っていたことでも、
あっと言う間に知る人もなくなって行ってしまう、それが人間の生活記憶です。
ほんのちょっとずつでも、そういったものを聞いて記録して行けたらいいな、と思っています。