まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

とうさんが熱望していたこと

かあさんを突然亡くしてうつ状態に陥ったとうさんは、
メンタルクリニックで薬をもらって飲んでいた。
それはそれで、効果は確かにあったのだが、
一方で恐ろしい副作用も出てしまった。
パーキンソン病のような症状が出ることからそう呼ばれるらしい。
とうさんの場合には、手先が非常に不器用になり箸が上手く使えなくなり、
転びやすくなり、動作がゆっくりになり、呂律が回りづらくなった。
しかし、そういったものが副作用によるものだと気付いたのは、
パーキンソン症候群」になっていることに気付いてから、
改めて様々なことを振り返ったあとのこと。
真っ先にわたしがとうさんの異変に気付いたのは、
おかしな「寝言」によるものだった。
 
かあさんを喪ったあと、とうさんは不眠を始め睡眠異常を訴えるようになった。
夜眠れない代わりに日中はうとうとしてばかり。
その日もやっぱりうとうとしていたとうさんだったが、
突如としてべらべらと話し出したのだ。
話の相手は・・・かあさんだった。
お茶を飲みながら、かあさんに向かってテレビで見たニュースか何かを
とうさんは話しているようだった。
完全に眠ったまま、ごく普通の話し方で。
以前、何かの本で「眠っている時に普通の話し方で寝言を言うのはよくない」と読んだ気がしたので、
その日帰宅してからネットでいろいろと調べた。
そして、数日後とうさんが飲んでいる薬で
パーキンソン症候群」が起きることがある、ということを知ったのだった。
それから次の通院日まで、とうさんを注意深く観察した。
とうさんの「寝言」はだんだんひどくなっていった。
夢の中でとうさんは、かあさんとの日常生活を送っているのだった。
おしゃべりしながら掃除をする。
「美味いな」といいながらご飯を食べる。
お茶を飲み、新聞を読み、一緒にテレビを見る。
「寝言」を言い、かあさんと夢の中で過ごしているとうさんの顔には、
かあさんが逝ってしまってから浮かぶことが滅多になくなった柔和な笑顔が浮かんでいた。
 
とうさん・・・。
とうさんは、かあさんとのつつがない日常生活を、
あんなにも取り戻したかったんだね。
嬉しそうな顔をしながら、夢の中で湯呑茶碗を持ち、
お茶を飲む仕草をしていたとうさんのことを思い出すと、
わたしは切なくて可哀想でたまらない気持ちになる。
とうさんは、あの世でかあさんに逢えただろうか。
二人でお茶を飲んだり、お掃除したり、テレビを見たりしているだろうか。
・・・そうだといいな、と思う。
そうじゃなきゃ嫌だ、とも思う。