まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

「ガタカ」について、ネタバレ大いにあり、の感想

(タイトルにもある通り、
この記事は映画「ガタカ」の内容や結末に触れています。
未見の方はご注意ください。)

「優れた人類を作り出す」なんて
大それたことを人間が考えるようになったのって、
一体いつの頃からなのだろう。
もっともっと昔からあったのかも知れないけれど、
浅学なわたしはナチスドイツの優生思想から後くらいしか
思い浮かばない。
我が国でも「優生保護法」に基づいて「劣った人々」のレッテルを貼られ、
子孫を残せないように手術を強制された人々が相当数いたことは、
裁判をめぐるこのところのニュースを見れば分かることだ。
現在では、出生前診断により、胎児に遺伝子学的検査を実施することが可能になり、
日本でもこれまでに数万人の妊婦が検査を受けたと言う。

ガタカ」で描かれる世界では、もっと過激な遺伝子操作が行われている。
近眼も薄毛も暴力的傾向もADHDも何もかも、
「遺伝子的不適正」とされるのだ(眼鏡がなければ何も見えないわたしなんか、
IQがどうのこうの以前に不適正ど真ん中)。
そこでは人間の優劣のすべてを遺伝子が決める、とされている。
劣っている、とされた人間は自動的に「新下層階級」行き。
まるでインドのカースト制のダリット(不可触民)みたいに、
社会の底辺をはい回ることを運命づけられてしまうのだ。
逆を言うと、みんな遺伝子情報だけでその人を分かったつもりになる。
だから、相手の顔すら見ないし、注意も払わない。
遺伝子情報の器に過ぎないから、誰も興味を持たないんだろう。
実際作品中に「遺伝子に国境はない」という言葉も出て来る。
優れた遺伝子の持ち主でありさえすれば、どんな人でもOKで、
逆に遺伝子的に優れていなければ、どんな人をもNGとする社会なのだ。

わたしは、以前主治医に「遺伝と後天的要素って、
一体どれくらいの割合で人間を構成しているものなんですか?」と
尋ねてみたことがある。
わたしがお世話になっているドクターはとても勉強熱心なので、
多分その時点(5年くらい前)の最新学説だったと思うんだけれど、
「遺伝的なものが2~3割、後天的要素が7~8割、と
言われてるね」と言うのがその答えだった。
だから、「ガタカ」で描かれている世界みたいに、
遺伝子情報だけでその人の可能性を決めつけてレッテルを貼るのって、
本当にナンセンスなことなんじゃないかと思うのだ。
それに、遺伝だけで全てが決まってしまうのなら、
「突然変異」ってどうやって説明するのかなあ。
どんなに人間が注意深く遺伝子を操作したつもりでも、
「突然変異」を防ぐことは出来ないと思うし、
言うなれば遺伝子的規格外であるところの「突然変異」が生じなければ、
生物の進化も止まってしまうんじゃないかなあ。
つまりは、目先の優劣にこだわって遺伝子を下手に操作したりすると、
生物としての進化もなくなってしまうんじゃないか、
人間は自ら進んで停滞することになるんじゃないか、と感じたのだ。

そういう意味でも、この映画はとても優れていると思う。
「遺伝子的不適正者」とされた主人公ヴィンセントは、
「宇宙飛行士になりたい」という(その世界では)途方もない夢を、
不断の努力で叶えていくのだ。
ヴィンセントのことをバカにしていた弟アントン(優れた受精卵から生まれた)は、
まるで「ウサギとカメ」のウサギみたいに敗北することになる。
初めてアントンを遠泳で負かした時のヴィンセントの独白、
「アントンは自分で思っていたほど強くなく、
僕は自分で思っていたほど弱くはなかったことを知った」が印象的だった。
夢を叶えようと必死で努力するヴィンセントの姿は、
彼と関わった人たちを少しずつ変えていく。
ラスト、夢を叶えて土星の衛星タイタンへと飛び立ったヴィンセントは、
いろいろな人たちの夢をも託されていたのだと思う。
その筆頭は、彼に自分の遺伝子IDを売り、なりすましを許した
ジェロームだったのではないだろうか。
ヴィンセントが宇宙へ飛び立つためロケットに乗り込んだのと時同じくして、
自らのすべてを消滅させるため焼却室へ入ったジェロームは、
結果としては自殺という形になったけれど、
以前夢破れて自殺未遂を起こした時とは全く違う気持ちだったと思う。
彼は、本来の自分が歩めたはずの人生を、
ヴィンセントに託したのだ。
だからこそ、最後にヴィンセントに渡した手紙には
ジェロームの遺髪だけが入っていたのだと思う。
彼もヴィンセントとともに夢を叶えたのだ、きっと。

実は結構伏線が難しくて、わたしは理解するために
昨日レンタルしたこの映画をすでに2回見た。
2回目の方がものすごく感動した。
ストーリーが一応分かったところで最初から見直すと、
「ああ、だからか!」というところが沢山出て来て、
この映画を一層深く味わえた気がする。

それにしても、現実の世界はどんどん「ガタカ」の中の
世界に寄っていく方向で動いているように思えてならない。
中国では、すでに遺伝子操作をしたサルを誕生させたそうだ。
倫理的に人間にしてはならない、ということに表向きなってはいるようだけれど、
「優れた国民を作る=国際的競争力を増す」と考えて、
暴走する国が早晩出て来るに違いない。
そうなれば、他の国もなし崩し的に追随することになるのだろう…。

そうやって、愚かな人間たちは滅びていくのかも知れない、
「常に変化は望ましい方向に進むもの」と妄信しながら。

※次を参照しました