まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

はあ~・・・(ため息)。

娘の通う高校から来る学校通信でも、
学年だよりでも、学級通信でも、
保護者会の場でも、
とにかくありとあらゆる機会を捉えて学校側から言われているのが、
「難関国公立大学への合格率が下がっている。
もっと頑張らせるように」ということで。

やっと受験が終わって娘が高校に入った途端、
一発目の保護者会で言われたことが、
「受験生だという自覚を持たせて欲しい」でびっくり仰天したっけ。
受験生って・・・?
ついこの間終わったばっかりだけど・・・?と学校側の意図が分からずにいたら、
高校1年生から「3年後に大学受験を控えた受験生」として、
高校の3年間を過ごさせるように!という意味だと知って、
「アホか!」と思ったわたしだったんだけどね。
学校側はすさまじい課題攻撃と居残り攻撃、
朝は8時開始(3年生は7時半から)の「ゼロ校時作戦」を使い、
さらに期末考査等はすべて週をまたいで実施し、
「土日も生徒を決して遊ばせない」という恐ろしい決意のもと、
生徒たちをギリギリと締め上げている。
(毎日の生活の様子は、すべて「○高ダイアリー」というシステム手帳を使って記録させ、
それを提出させてチェックしているのだ)
うちの娘は、1年生の夏休み前に疲れ切ってしまい、
その様子に「学校を辞めさせて大検で進学させるべきか?」とわたしは本気で悩んだ。

娘は何とか持ちこたえ、2年生に進級したのだけれど。
先日、高校のOGが教育実習に来て、
「わたしたちが通っていた頃は『7時間目』は3年生だけだったよ~!」
と驚いていたそうだ。
さすがに毎日ではないけれど、
朝8時の「ゼロ校時」がない日には、「7時間目」まで授業があるのだ。
(週に3日「ゼロ校時」実施、残り2日が「7時間目」まで)

電話して来た息子にこの話をしたら、
「そうそう、うちの高校でも、自分たちより2つ下の子たちから、
『6時間目』が導入されたんだよ」と言っていた。
(息子が通っていたトップ校では、高校なのに1時間の授業が65分間だったため、
通常は5時間授業だったのだ)
そして、「何だかさあ、世の中の流れがどんどん加速して行っている気がするよ。
もう、みんな青息吐息で、大人から子供まで付いて行くのもやっとだよね。
これ以上速く走れない!誰か止めてくれ!もっとゆっくり行きたいんだ!って思っても、
止まるどころかますます速くなって行くばかりの世の中、
なんかもう、システムとして破綻するのも秒読みじゃないのかな?って感じてるよ、わたしは」。
哲学科で真面目に3年間勉学を続けてきた息子に、
しかつめらしい口調でそんな風に言われると、
「ああ、そうなのかもな、もう日本の国は破綻するしかないのかもな」
と悲観的な気持ちになってしまいそうになる。

・・・ダメじゃん!
こんなの、ダメじゃん!
未来を担う世代が、大学受験なんていう、
「ただの通過点」で死にそうになっちゃうなんて、絶対ダメじゃん!
17、8歳なんていう、人生の初っ端で疲れ切っちゃうなんて、絶対ダメじゃん!
こんな状態じゃ、「人生80年」って聞いた途端、
子供たちは(優秀な子ほど)絶望して生きる気力が無くなっちゃうよ!
こんなことだから、日本という国自体が、なんだか勢いや元気を無くして、
しょったれた(←仙台辺りの言葉で「みすぼらしく、みじめなさま」のこと)
感じになっちゃってるんじゃないのかなあ?

わたしの人生のバイブル「星の王子様」には、
点燈夫のエピソードが出てくるんだけど、
子供たちを取り巻く状況を見てると、いつもそれを思い出す。
星の回る速さがどんどん増してしまった結果、
「やっ、おはよう」「やっ、こんばんは」と言いながら、
自分以外の住人がいない星の上で、
灯りを点けたり消したりする以外何一つする余裕を失ってしまった点燈夫の話を。

わたしは子供たちが生き生きと暮らせるようになって欲しいだけなんだけどなあ。