まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

「ここは『姥捨て山』だ!」

義父は無事介護付き有料老人ホームに入居しました。
 
とうさんを入れた「ブラック老人ホーム」は、
介護付き有料老人ホームであるかのような錯覚を抱かせつつ、
実はただの老人ホームだったため、
入浴が週1回だけでも法の網にかかることもなく、
夜間勤務職員が100人以上の入居者に対してたった1人だけでもこれまたOK、
(要介護5の人でも入居可能!と謳っていたにも関わらず!)
という半ば「詐欺」みたいなことをやってましたが、
今回は大丈夫。
取り返しのつかない失敗からでも、学ぶことは多いのです。
入浴は追加料金なしでちゃんと週2回だし、
夜間勤務介護職員は80人の入居者に対して3人だし。
日中勤務の介護職員の数も「ブラック老人ホーム」とは比べ物にならないくらい多く、
いつどのタイミングで行っても必ず職員さんの姿を目にします。
その職員さんたちもお仕着せの制服姿で作りものっぽい笑顔を浮かべていた「ブラック」と違って、
思い思いの服装だしマニュアル感のない笑顔が見られるのも好感度高し。
館内に低く流れているBGMも、高齢者が「懐かしい」と感じるような唱歌などで
(「ブラック老人ホーム」では、ジブリアニメの曲がオルゴールの音色で流れていた)、
「ここなら安心!」と一応思えるところに思いの外早く入れられて良かった、
とわたしは結構満足していたのです。
 
義父自身も閉鎖病棟からホームへ移り、
精神科の看護婦さんたちではなく介護職員さんたちに優しく接してもらって、
「いやいや、ここは年寄りを大切にしてくれるいい場所だ」と大ニコニコだったそう。
ただ、本人には「もう少しいい病院に移れることになった」と夫や義母が説明したこともあり、
居室でニ○リで買った衣装ケースを組み立てていたら、
「ここに長居するつもりがないのに、どうしてそんな物が必要なのか?」と聞かれたそうです。
親父は全然訳分からないって言うんじゃないのが困るな、と帰宅後夫が言っていました。
 
引っ越しの翌日義母と夫が様子を見にホームへ行くと・・・。
引っ越し当日の夜、義父は結構ひどい「不穏」の状態になった、と言われたそうです。
そして、義父は辺りを不安そうな目で見まわしながら、
「・・・ここは『姥捨て山』だ!俺は棄てられたんだ!」
と繰り返し怒鳴っていたのだそうです。
 
「姥捨て山」。
その言葉を出されると落ち込みます。
どんなに良さそうなところに入居させても、自宅ではないことに変わりありません。
義父のことだって、本心は帰せるものなら帰してやりたいのです。
ただタバコを吸ったりお酒を飲んだりして本人の寿命が縮まるだけなら、
好きにさせた方がいい、家に帰すべきだとアドバイスしたことでしょう。
でも、義父の場合はDVの問題があります。
認知症のせいで人格が変わって起こった一時的なものでなく、
義母との結婚以来50年にわたって続けてきた筋金入りのDVが。
同居する義母のことを考えたら、決して家に帰らせることは出来ないのです。
しかし、義父は自分が何をしたか、きれいさっぱり忘れてしまっていて、
「(義母が)俺の悪口を医者に吹き込んで牢獄みたいなところへ閉じ込めさせた」
というふうに信じ切ってしまってるのですね。
義父の捉え方では、何一つ悪いことをしてないのに牢獄みたいな病院に閉じ込められ、
さらに「姥捨て山」に棄てられた義父はまさに悲劇の主人公。
夫も義母も義父を棄てた張本人、ということになります。
そのためなのでしょう、夫たちが「買い物に行くから一緒に外出しよう」と誘っても、
義父はイヤイヤをして部屋から一歩も出ようとしなかったそうです。
「ありゃあ、どんどん進むな。・・・まあ、自業自得だけどな」
帰宅した夫はそう言っていました。
 
認知症はなかったけれど、身体の自由が利かなくなったとうさん。
身体の自由は利くけれど、認知症が進んでいる義父。
どちらも「幸せな老後」を送らせるのは至難の業のように感じます。
「ただ長生きするだけじゃなく、幸せに長生きすることとは?」
とうさんに出された宿題が、ますますわたしの中で重くなっていくようです。