まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

「Rくんだって、お友達なんだからね!」

今を去ること12年前。
幼稚園の年少さんだった娘は、同じクラスのRくんにいじめられていた。
娘が行くところどこへでも付いてきて、嫌がらせしたり悪口を言ったり。
「Rくんが意地悪するから、幼稚園に行きたくない」
帰宅後毎日のようにグスグス泣きながら訴える娘に、
「Rくんはいくら先生に注意されても分からないみたいだしさ、
黙ってやられてないで一度ゲンコを固めてグーパンチお見舞いしたら?」
と言ったことがある。
すると、娘は涙でぐしょぐしょの顔を上げて、こう言ったのだ。
「そんなことしちゃいけないよ。
だって・・・Rくんだって、お友達なんだからね!」
 
その言葉を聞いて「うちに天使がいた!」と驚くとともに、
娘がこれから歩むことになるであろう苦難の道を思って、母はため息をついたのだった。
 
「苦難の道」。
むっつりして愛想のない外見と裏腹にとても優しい心の持ち主である娘には、
そう呼ぶにふさわしい日々が行く先々で待っていた。
母親に育児放棄された女の子に。
クラスのボス的な男の子に。
地元の名士みたいな家の女の子とその取り巻き連中に。
中学の学年トップの女の子に。
どこへ行っても目を付けられ、「ターゲット、ロック・オン!」された。
 
そして、今は同じ部活の友達に。
 
娘以外の子には「おバカやって愉快なヤツ」としてふるまっているというその子は、
娘だけに辛辣で嫌味な言葉をどんどん投げつけてくると言う。
娘の趣味を小馬鹿にし、志望している大学へは「とてもキミの技量じゃ無理だね」と言い放ち、
描く絵にもいちいちケチをつけ・・・。
しかも、運悪く家がごく近所なので(学区は違ったが)、
いつも一緒に帰って来なければならないのだという。
 
昨日もこんなことがあった。
「『美大出たあと何になりたいんだい?』って聞かれたからね、
『いろいろ勉強してみて、その時に一番なりたいものになりたい』って答えたの。
イラストレーターになりたい、なんて答えたらね、
きっと『はあん?キミの技量ならロクなもんにはなれっこないけどね!』ってバカにされると思って、
ぼかして答えたつもりだったの。
そしたらね、『好きなものになれるだけの技術がその時のキミにあればだろ?ハハハ…』って。
馬鹿にした様子で大笑いされたの。
ちょうどその時コンビニの前を通ってたんだけど、
あたし、店に飛び込んで中の物を全部滅茶苦茶にしてやりたい!って思うくらい、
ものすごく腹が立ったの!」 
 
娘に辛辣なことを言ってくる彼女は、シングルマザーの家の子だ。
県外の美大へ進学を希望している娘と違って、
家の事情で地元の国立大の教員養成コース以外へは進学させられない、と言われているそうだ。
美大予備校へも通わせられないから、自力で絵の勉強をして進学するように、とも。
彼女から見れば、娘はスポイルされ放題の甘ちゃんに見えて腹が立って仕方がないのだろう。
(もしかすると、文化祭のときに差し入れのお菓子を作って持って行ったりしたのも
非常に気に障ったのかもしれない)
でも・・・。
 
わたしが専業主婦で働いていないのは、ADHDという障害のようなものを持っていて、
普通の人なら普通にできるようなことがなかなかできないからだし、
差し入れのお菓子を手作りしていったのだって、買ったら作るのの何倍もお金がかかるからだし。
県外の美大へ行かせるのだって、本当は我が家の経済事情からすると無謀な話だけど、
「子供たちにはやりたい勉強をさせてやりたい」と自分の経験から強く強く思っているからだし。
彼女には彼女が背負っているものがあるように、
娘にだって娘が背負っているものがいろいろとあるのだ。
隣の芝はたとえ青く見えたとしても、必ずしも本当に青いわけではない。
そこのところが、まだまだ未熟な彼女には分からないのだろうが・・・。
 
「あいつがいると思っただけで、学校へ行くのが嫌になっちゃう。
お腹だって痛くなっちゃうんだから!」
グズグズと朝ごはんを食べながら延々と訴える娘。
わたしにできることは、愚痴に付き合い、「そうか、大変なんだね」とか、
「彼女があなたの目標じゃないんでしょ?
雑音に惑わされないで、頑張って好きな絵の勉強ができる大学へ行けるようにしよう」とか、
そんなことを言ってやることくらい。
それでも、娘は大きなため息をついて、
「仕方がない。今日も行ってくるか」と出かけて行った。
 
気持ちが優しい人間は、どこまでも踏み込まれ、打ち込まれてしまうのか。
ニキビだらけで、あの頃より一層むっつりとして愛想のない娘の芯の部分は、
「Rくんだって、お友達なんだからね!」と言ってたあの頃と変わってないのだろう。