まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

出来れば1分でも早くお迎えに

わたしは、とある幼稚園で延長保育のお手伝いをしています。

現在の「幼稚園」は、「保育園に入れなかった子供の受け皿」としての
機能も果たしているらしく、延長保育終了時刻ギリギリまで
残っているお子たちがいます。
毎日同じ顔触れです。
お子たちがすっかり減り、ブロックなどの散らかる玩具が片づけられた部屋で、
大人しく絵を描いたり絵本を読んだりしながら待っています。

一緒に働いている、先輩のヘルパー先生が
片づけをしながらこんな風におっしゃっていました。
「あの子たち、親御さんがね、仕事帰りにお買い物なんかも全て済ませてから
お迎えに来るのよ。
子供を連れて買い物に行けば、いろんなルールなんかも
教えられて、いい教育の機会にもなるのに…。
ホントにね、1分でも早くお迎えに来てあげればいいのに、と思うのよね。
第一、ああやって大人しく待っているように見えて、
最後まで残ってて寂しいし不安なのよ、あの子たちは」。

延長保育を受けさせるために追加料金も支払っているし、
ギリギリとは言え、終了時刻はちゃんと守っている。
大人の世界のルールは守っているのです、親御さんたちは。
でも、「1分でも早くお迎えに来てあげて」と言う、先輩ヘルパー先生の気持ちは、
ほんのちょっとしか働いていないわたしでも痛いほどよく分かります。
「先生、この本、読んで」とわたしの膝に座っていても、
お子たちの目は常に出入口のドアに吸い寄せられているからです。
そして、ごくたまに「ギリギリの常連さんグループ」の子が先に帰ったりすると、
残った子の表情が本当に暗く悲しそうになるからです。