おじいちゃんの形見
修理に出していた、おじいちゃんの形見が戻って来た。
国鉄マンだったおじいちゃんが、清水の舞台から飛び降りて買った、
ロンジンの懐中時計。
「国鉄職員は時間厳守が第一。
そのためにスイス製のいい時計がどうしても必要なんだ」
無口で穏やかな人だったと言うおじいちゃんが、
珍しく強硬に言い張って買った品なのだ、と生前とうさんが言っていた。
タクシーにはねられて亡くなったおじいちゃんと、
最期まで一緒にいた懐中時計。
持っていた他の品は全て誰かに盗まれてしまったそうだけれど、
鎖が切れてポケットの奥深くに入っていたこの時計だけは、
難を逃れたのだそうだ。
その後、教壇に立つことになったとうさんが、
ずっと大切に使っていたらしい。
わたしが物心付いた頃からは、
壊れてしまって動かなくなっていたけれど、
とうさんの75歳の記念に直してもらったのだ。
掃除する手を止めて、
愛おしむようにゼンマイを巻いていたとうさんの姿。
はっきりと覚えている。
「時計はあんたにあげる。
家を壊す前に持ってって」
ねえさんから連絡が来て持ち帰ったとき、
時計は全くゼンマイが巻けなくなっていた。
亡くなる前、パーキンソン症状が出ていたとうさんが、
多分巻きすぎて切ってしまったのだろう。
ようやく修理を終えて戻って来た時計。
愛おしむように、大切にネジを巻く。
一度も会ったことのないおじいちゃんと、
もう会えなくなったとうさんの思い出を、
慈しむように、そっと、そっと。