まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

予想を超えるスピードで・・・。

久しぶりの更新です。

老人ホームから「下剤が切れそう」との連絡があったので、
急きょ通っている精神科で処方してもらい、ホームへ届けました。
ケアマネさんと話していたら、廊下を徘徊する義父とニアミス。
精神科への通院日以来、1か月ぶりに見る義父は、
ひと目ではっきりと分かるほど表情がぼんやりとしていました。
歩き方も認知症が進んだ人特有のぽてぽてとした歩き方。
「お昼、たくさん召し上がりましたか?」ケアマネさんが声をかけると、
義父は目を合わせずに「まだだ」と答え、その後チラッとわたしを見ました。
「あ、バレるか?」と一瞬思いましたが、
帽子をかぶってマスクをしたわたしに義父は全く気付かず、
またぽてぽてと歩み去って行きました。

1か月前の通院日、義父はすっかり「病院へ行ったあと家へ帰れる」と
思い込んでしまっていたのです。
病院へ向かう車の中でウキウキしながらしゃべり通しだった義父。
「いや、まだもうちょっとあそこ(ホームのこと)にいてもらわなくてはいけないんだ」
一緒に付き添った夫が何度そう言っても、
「家へ帰れる。好きに出来る」そう思い込んでしまって舞い上がってしまっていた義父には
まったく通じなかったのです。
診察が終わってホームへ戻ったあと、ケアマネさんがわたしを指して
「この人は誰ですか?」と尋ねたら、義父は「何を馬鹿な質問してるんだ」と言わんばかりの様子で、
「嫁さんに決まってる。長男の嫁だ」と即答したのには一同驚きました。
本当に、あの日の義父はすべてが活性化していた感じだったのです。

あれから1か月。
更新された介護保険は「要介護1」から「要介護3」になりました。
義父は歯磨きも髭剃りもせず、着替えの順番が全く分からず途方に暮れ、
入浴を拒否したりするようになりました。
ホームに入った当初の超低姿勢な態度はすっかり消え、
今は「俺は教師なんだから皆を指導しなければ」というつもりなのか、
時折「尊大」だと思うくらい態度が大きくなったそうです。
同じフロアに住む、やはり帰宅願望が非常に強い女性に向かって、
時折「講義」をしていることもあるとか。
「少しずつここに慣れて来たんでしょうね」とケアマネさんは笑っておられましたが・・・。

「中程度に進行したアルツハイマー認知症」と診断されたのが去年6月半ばのこと。
わたしたちの予想をはるかに超えるスピードで、
義父の認知症はどんどん進行中です。