まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

義母は事実を否定し続ける

連れ合いが認知症になる・・・。
年月を共にした連れ合いがそういう形で衰えて行くのを見ることは、
耐えがたいほどの苦しみを高齢者に与えるのだろうか。
 
義父の幻覚が激しくなっても、義母はそれを「幻覚」とは決して認めない。
「あれは夢なの、夢。夢なのか現実のことなのか分からなくなって、
夢で見たことをまるで本当に見たみたいに言うだけなんだから。
そんな、幻覚だなんて『キチガイ』(申し訳ありません。原文ママです)みたいなこと、
あるもんですか!」
こんなことを言うこともある。
認知症と言ったって、テレビで見たけど奇跡的に治った人だっているんでしょ?
奇跡が起こらないとも限らないんだし。」
「薬を飲んで、また長谷川式スケールやってもらって点数が良くなってたら、
車の運転だって再開していいって医者が言うかもしれない。」
そして、新聞のテレビ欄と実際のテレビのチャンネルを一致させて、
義父が見たい番組を一人で見ることが出来たからもう治ったんだとか、
三日前に来た人のことを尋ねたら今日は覚えてたから治ったんだとか、
そんなことばかり言っている。
義母は地域包括支援センターの人にいくら勧められても、
介護保険の申請を拒否し続けていた。
(先日嫌がる義母を説き伏せてようやく面接員さんに来てもらったけど。
義母は義父のことを「何にも異常ありません」と言ったそうだ)
 
ちょっと前まで突如ブチ切れたみたいになる義父のDVに怯えて、
「いつどうして怒るか全然分からなくなってしまった」と言ってたのに。
自営業で得たお金を義父がその辺に放置しておいたのを、
「無くなった!お前が俺の金を盗ったんだろう!」と毎日のように責められて苦しいと、
泣きだしそうな顔で言っていたのに。
現在の義父は薬の力で少しの間小康状態を保っているだけだと頭では分かっているはずなのに。
合理性を何より重んじる理系教科の教師だったはずなのに。
 
それでも、義母は連れ合いの異変が不可逆のものだと信じられないのだ。
小さな小さな事柄にすがるように、「ねっ、良くなったでしょう」と言い続けるのだ。
・・・そうしている間にも、義父はわたしの名もわたしの子供たちの名も、
全く分からなくなってしまっているというのに。