まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

中等度のアルツハイマー型認知症

今日、義父の検査結果について主治医から説明があった。
 
「結果って、どうやって説明するんだろうね?家族だけ別室で聞くのかなあ?」
「まあ、そんなところだろうな。まさか、本人にいきなり・・・ってことはないだろう」
というわたしたちの予想を思い切り裏切って、
「皆さん、診察室へどうぞ」と本人も含めて4人が一緒に呼ばれた。
医師の後ろにはずらーっとMRI画像。
眼鏡をかけた医師はにこりともせず、いきなり説明に入った。
「こちらの画像ですね、これは脳を縦方向に輪切りにしながら撮影したものです。
注目してもらいたいのは、ここ、ここですね。
この、まるで豆のようなものが見えてるここが、記憶をつかさどる海馬です。
ここで、正常な方の脳の画像と見比べて頂くとですね、
正常な脳ではこの海馬周辺がみっちりと詰まっていて、
このようにすき間が開いたりしてない訳ですよ。
まあ、海馬が萎縮してるってことで、どの程度の萎縮かと言うと、
中程度萎縮が進行した状態、ということになりますね。」
医師は非常に事務的な口調で立て板に水の如く説明を続けた。
「それから、こちらの画像、これは脳を横方向に輪切りにしながら撮影したものですが、
ここで注目して頂きたいのは、ここ、頭頂葉の辺りですね。
ここにもすき間が見られます。
まあ、ここもだいぶ萎縮が進んで来ている、と言うことですね。」
隣に座って説明を聞いている義父の顔を恐る恐る見てみたが、
義父の表情はぼんやりとしていて、感情が動いている感じは全くなかった。
「このような状態ですから、車の運転は即禁止、すぐ止めてもらわなくてはなりません。
事故なんか起こしたら、それこそ大変ですから、まあ不便でしょうが、
その辺りは家族の方によく考えてもらうことにして、運転はすぐ止めてください。
それからですね・・・」
医師の説明はどんどん続いた。
義母が「あの~、去年辺りは車の運転が危うい感じになってたんですけどね、
かえって最近またちゃんと出来るようになったと言うか、
安心して乗っていられるようになったと思うんですが?」と言葉をはさむと、
医師は義母をじろっと見て
「お母さん、それは、内科で処方された抑肝散が効いて気持ちが落ち着いたからでしょう。
でも、脳がどんどん衰えて行くのは止められませんから。
これから、道を間違えたり、一方通行を逆走したり、いろいろなことが起こります。
事故を起こしてからでは遅いんですよ」。
すると、「道を間違えた」という単語に反応したのか、義父が口を開いた。
「ああ・・・道はですね・・・確か・・・今まで一回だけ・・・間違えてしまったことが・・・
確かにありました・・・空港の方へ行きたいと・・・思っていたんですがね・・・
昔の道ならこっちだ・・・そう思ったはずなんですけど・・・どこで間違ったんだか・・・
よく分からないうちに・・・どうしておかしな道へ出てしまったんだか・・・
とにかく・・・見たこともない道に出て・・・これは困ったことになったぞと・・・
わたしの覚えてる限りでは・・・道を間違えたというのはですね・・・それ一度きりでは・・・
なかったと・・・そう思うのですが・・・」
義父ののろのろとした口ぶりに、医師はイライラした感じで合いの手を入れた。
義父の話が終わった途端、
医師は薬の説明をするために薬の特徴が書かれた下敷き状のものを提示した。
その上部には大きな目立つ字で
アルツハイマー認知症(AD)治療薬」と書いてあった。
皆が医師の説明を一生懸命聞いている横で、義父はその目立つ字を指でなぞりながら、
認知症」の三文字を「一つ、二つ、三つ」と数えていた。
 
薬の説明まで終わったところで、義父と義母は退席し、
夫とわたしだけが医師に質問するために残った。
次の患者が控えているためか、医師はとにかく早口でイライラした態度だった。
「ここの病院の別院で、認知症患者のための短期集中プログラムを行っているそうですね。
この間、待合室に置いてあるパンフレットを見ました。
あれを義父に受けさせることは出来ないのでしょうか?」
わたしが質問すると、医師は
「ああ、お義父さんは無理ですね。
第一、入院の適応がない」と早口で答えた。
「適応がないってどういう意味ですか?
義父のように中等度まで進行した人ではなく、
もっとごく初期段階の人だけが対象になっているということですか?」
と尋ねたかったけれど、医師は傍目にも非常にイライラした様子で、
とてもさらに質問する気にはなれなかった。
夫とわたしは日常生活に関することなど、二つ、三つ別の質問をした。
その度に、医師は変わらずイライラとした口調で間髪入れず返答するのだった。
 
夫と二人診察室から出ると、義父が待合室の椅子に座っているのが目に入った。
「中等度まで進行した、アルツハイマー認知症」と今さっき宣告されたのに、
義父の表情はだらーんと緩んだ感じだった。
本当に認知症が進行してしまった人のように無表情ではないものの、
何となく光が鈍くなったような、弛緩したような顔つき。
椅子一つ分間を置いて座っている義母の顔は困惑の色でいっぱいだった。
「・・・どうして、認知症なんかになったんだか。
遺伝なのか、それとも何かがよくなかったのかねえ・・・」
 
今日から飲ませるようにと、メマリーだけが処方された。
(もとからDVが見られた義父にはアリセプトを処方するのは危険だと、
主治医が判断したそうだ。)
1週間ごとに一日量を5ミリグラムずつ増量し、
4週間後には一日20ミリグラムを服用するようにと。
効き目があればいいけれど・・・。
 
それにしても。
認知症の説明というのは、どこでもああいうものなのだろうか。
あんな言い方じゃあ、ものすごいショックを受ける患者だっているんじゃないのか?
それとも、画像や長谷川式スケールなどから結構進行していると分かってたから、
あえてああいう説明の仕方をしただけなんだろうか。