まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

「ペコロスの母に会いに行く」を見た

今日で使用期限が切れてしまう映画の招待券を使うために、
ペコロスの母に会いに行く」を見に行った。
 
わたしは、この映画の原作本を持っている。
まだとうさんが仙台の実家で一人暮らししてた頃、
帰りのバスに乗る前に寄った書店でたまたま見つけて買ったのだ。
読んで・・・言葉にならない想いで胸がいっぱいになってしまった。
「号泣した」というような安っぽい表現は使いたくない。
本当に、「みつえさん(=ペコロスの母)」が可愛らしくて、愛おしくて、いじらしくて、
何と形容したらいいのか分からない想いが心から溢れ出して来るのを止められなかった。
 
映画は・・・残念ながら、そういう想いを溢れさせるような出来ではなかったように思う。
原作でわたしが心を揺さぶられたエピソードは、
ことごとくごっそりとカットされていた。
代わりに、みつえさんが入所しているグループホームの面々(原作ではなかった)や、
その家族のことなどがオリジナルストーリーとして沢山挿入されている。
中でも、竹中直人扮する本田さんが「ヅラを取ってハゲをさらすようになるまで」が
やたらとしつこく描かれていた。
映画館で鑑賞していた高齢の観客たちは、結構大笑いして喜んでいたが、
残念ながら原作全体を流れていた温かくて優しくて切ない雰囲気は、
この映画からはほとんど感じられなかった。
 
まだ原作を読んでない方は、読む前に見るのをおすすめする。
原作をもう読んじゃった方は、あえて映画版を見る必要はないかもしれない。
(本編の導入部分で、原作本そのままのペコロスさんやみつえさん、
そしてお父さんたちが可愛いアニメーションで描かれます。
・・・あのまま、全編アニメーションで見せて欲しかった。)
あくまで栗ようかんの私見ながら、そんな風に感じた。
 
それにしても、暖かい場所で高齢者してるのと、
わたしが住んでるような北国で雪国で高齢者してるのとでは、
大分様子が違うように思った。
わたしが住んでる町では、道路の端は除雪車が除けた雪が積もって歩けなくなってるから、
高齢者が道路の真ん中を歩いてしまい、毎年何人か車にはねられて亡くなったりしているのだ。
亡くなったとうさんも、かあさんが死んだのが晩秋だったから、
寒くて外出もままならない時期に一人になってしまったのがツイてなかった。
特に去年の暮れから今年3月にかけて、仙台では珍しいくらい雪が多かったから、
一人になって足腰が急激に弱って来ていたとうさんは外出を嫌がった。
もし、とうさんが住んでるのが長崎だったなら・・・と思わずにいられない。
(坂が多くてかえって外出したがらなくなったかな?)
 
認知症のことについて、他にも書きたいことはあるけれど、
それは別の記事にしようと思う。
お読みください。)