まだまだいなかのねずみ

日本の片隅で妻・母・非正規雇用者している栗ようかんの思索と日常

砂利敷きの庭の家

近所に住んでいたおじいさんが亡くなり、
主を失った家が取り壊され、新しい家が建った。
新しい家の庭には木が一本も植えられることなく、
一面に砂利が敷き詰められた。

…うーん、やっぱりかあ。

最近、新しく建てられる家のほとんどがこうなのだ。
コンクリートで固めた車寄せに、一面砂利を敷き詰めた庭。
木も草花も全くない家ばかりになった。

建てられてから10年以上経っている家には、
木や草花も生えているが、
それ以上に雑草が生い茂っているところがほとんどだ。
そのころ流行りだったらしいウッドデッキは
どこの家でもほぼ手入れされることなく放置され、
汚らしくなったプラスチック製の椅子やテーブルが転がっている。
元は真っ白かったらしい表面に付いた
雨水の流れた跡が、まるで薄汚れた涙みたいだ。

どの家も、平日の日中は人影がない。
働ける人は老若男女みんな働きに出ているから。
土日は3ナンバーの大きな車に家族全員が乗り込み、
ショッピングモールへ1週間の買い出しに出かけるため、
週末は週末で誰も家にはいないのだけれど。

だから、せっかく庭に草木を植えても、手入れする人手も
時間もない、雑草が生えたら見栄えが悪いし、
そうなったら一番理にかなっているのは…ということで、
最近の家の庭は砂利敷きになっているみたいだ
(「防犯」の役にも立つのかも知れないが、
この田舎でそれはちょっと考えづらい)。

でもでもでも…と歩きながらわたしは思う。

こんなにも「温暖化」が問題になっていると言うのに、
家の庭に草木を植えないのってどうなんだろう。
ご存知の通り、草木は二酸化炭素を吸って
酸素を出してくれる有り難い存在だ。
1軒1軒の庭の面積は小さくても、
「ちりも積もれば山となる」って話だってあるんじゃなかろうか。
手入れが行き届かずに
雑草が生い茂る「ジャングル」状態になったとしても、
「温暖化」抑止効果が非常に高まったということで。
それに、昆虫の棲み処にもなるだろうし、
鳥たちだって来るようになるだろう。

…とは言え。
今の世の中、それは難しいことなのだろうと思う。
仙台の実家だって、両親が亡くなったあと、
手入れをする人が居なくなった途端、
「落ち葉」やら「害虫」やらについて近所の人から
苦情が来たとかで、父が亡くなってすぐ
まず庭の木をすべて伐採し、1周忌も待たずに
家を取り壊してアパートにしちゃったんだから
(そう言えば、姉が建てたそのアパートの敷地も
一面砂利敷きだったような)。

「新しく建てる家の庭には、必ず常緑樹と
落葉樹を最低でも1本ずつは植えなくてはならない」
という罰則付きの法律でも出来ない限り、これから先、
砂利敷きの庭の家がどんどん増えてしまいそうだ。